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「宜野座さんは最近良くいらしているのですが、名字さんはお久しぶりですね。事情は宜野座さんから聞いておりますが、やはり悪化しているようですね」

「そうですね...まだ心の整理が出来ていなくて....」

「記録を拝見した所、入院中はクリアな状態を維持されていたようなので、そうすると原因は.....」

「.....お母さんが亡くなったと聞いたから、だと思います」

「宜野座さんのお母様ですね。....心よりお悔やみ申し上げます」


そんな実の息子本人は、私の右隣でただ静かに目線を落としていた


「名字さんは元よりストレスや刺激が色相に反映されやすい体質です。今回の訃報によるサイコパスへの影響も、宜野座さんよりも名字さんの方が大きくなっています」

「っ、.....伸兄?」


急に向きも変えずに私の右手を左手で取った伸兄は、そのまま強く握った


「どうぞ先生、続けてください」

「....宜野座さんは、以前私が名字さんに仕事をしばらく休むようにとお願いした時から、継続して段階的なサイコパスの悪化が見られます」


.....狡噛さんが潜在犯になって、私が3週間近く仕事を休んだ時期の事か


「当時名字さんに関しては、一気に犯罪係数が87まで上がりましたが、お仕事に復帰される直前には25という数値になっていました。しかし3日に1回宜野座さんから相談を兼ねて名字さんの色相状況を伺っていて、直前の報告では全く改善が見られていなかったはずなんですが....」

「あぁ...そ、そうですね....」


あの時私の色相が改善したきっかけは....とても言える内容じゃないな....


「短期間での大幅な数値の低下、一体どんなメンタルケアをなされたんですか?専門家として非常に気になるところですね」

「あはは....私も、気になります....」


苦し紛れの苦笑い


「その期間中宜野座さんも段階的に累計約8ポイントの数値の上昇が見られていましたが、名字さんが復帰されるタイミングで来られた時はそこから5ポイント低下していました。よっぽど安心されたんですね」


“心配性ですけど良いお兄さんですよ”と微笑む向島先生


「昔話はここまでにして、そろそろ現在の話をしましょう。名字さんの方が影響を受けていると言いましたが、事件がありました1ヶ月前と比べ宜野座さんは10ポイント上昇で現在52、名字さんに関しては74とお二人とも無視できない状況です」


その言葉に私は思わず横を向いたが、伸兄は表情を変えない


「身内の訃報程お辛いものは無いと思いますが、頑張って乗り越えて行きましょう。私もカウンセラーとしてお手伝いは致しますが、お二人に関してはお互いが一番の相談相手ではないでしょうか?またはお父様でも

「それは!....あ、すみません大きな声出して....」


今伸兄にお父さんの話はダメだ


「いい、大丈夫だ名前」

「でも!」

「お前の方が数値が高いんだぞ、自分の心配をしろ」

「そうだけど....」


監視官である伸兄の数値が50を超えるのは全く良い話ではない
それに、私はこれまでに何度もサイコパスの山と谷を経験してきた


「.....どうやら名字さんのサイコパス悪化の理由は、宜野座さんの母親の死だけでは無いようですね」

「えっ....」

「どういう事ですか?先生」

「それは名字さん本人が最もよく分かっているんじゃないですか?」

「....名前、何があった」

「いや、別に何があったわけでもないんだけど....」


心配する伸兄と、具体的に答えない私を見て向島先生は小さく息を吐いた


「宜野座さん、席を外していただけますか?」

「っ、しかし!」

「名字さんと二人でお話をさせて下さい。まぁ名字さんが宜しければですが....」





「.....ごめん、お願い、伸兄」

「....分かった、外で待ってる」

「ありがとう」





“名前をお願いします”と立ち上がって、ハンガーにかけたジャケットを羽織って部屋から出て行くのを、向島先生と見送る

















「.....この暖炉って、ホロですか?」

「当たり前ですよ、本当に火を焚くわけにはいきませんからね」



そんな何の生産性も無い話題を、二人きりになった空間に投げても意味が無くて



「....向島先生、恋愛相談は専門外ですか?」

「いえ、そんな事ありませんよ。シビュラシステムのパートナー適性を受けられたんですか?」


....そうか
今の時代は全てシビュラが決めるんだ

私みたいに頭を抱える程の人間関係なんて普通は経験しないんだ



「そうじゃなくて....好きな人と、両思いなんです....シビュラの適性以前に」

「それは良かったじゃないですか!ご結婚されるんですか?名字さんのお年なら平均的な結婚年齢ですよ」

「まぁ確かにプロポーズはされました、ゆっくり考えてくれていいと....」

「私からも祝福させて下さい、“妹”思いな宜野座さんもきっと喜ばれると思いますよ」

「.....相手の方が、.....その.....潜在犯なんです」



そう緊張しながら言うと、向島先生は特に驚きや信じられないと言ったような表情は見せなかった



「.....なるほど、難しい話ですね....名字さん自身が良くても周りの目は気になりますよね」

「....でも本当に好きなんです!せっかく両思いなのに、シビュラの示しが無い両思いなんて奇跡的なのに、ただ相手が潜在犯だからってだけで....本当に犯罪を犯したわけでもないのに....」

「愛情は時に何にも負けない最強の武器になります。その覚悟があるのなら、私は潜在犯との婚姻も悪くない選択だと思いますよ」

「....そう思いますか?」

「はい。その人物に対して、“この人の為なら何でも出来る、一緒ならどんな苦難も乗り越えられる”そう強く思えるのなら、生涯のパートナーには最適と言えます」


狡噛さんの為なら....
狡噛さんと一緒なら....


「....しかし、いくら悩まれているとは言え、喜ばしい話じゃないですか。他にも何かあるのではないですか?」

「先生には隠し事は出来なさそうですね」

「これが仕事ですから」

「.....伸兄は大丈夫でしょうか。50を超えた事なんて今まで無かったはずです」

「ハハッ、心配性なのは宜野座さんだけではないようですね。....でも仰るとおり良い数字ではありません。時にはやや下がったりしていますが、先程言った通り徐々に悪化していますので、全体として見ると基本的には悪くなっている一方です」

「.....どうしたらいいんでしょうか....」

「宜野座さんは監視官、精神的な面から申しますと最悪と言っても良い程の職です。それでも維持できるだろうとシビュラシステムは判断を下しますが、結局は個々人次第なのです。仕事の都合上多少は仕方ないと思いますが、宜野座さんの場合他に原因がありそうですね」

「どんな方法でもいいんです!教えて下さい!....伸兄を失うわけにはいかないんです....」

「....お二人はまるで本当の兄妹ですね。名字さんのサイコパスが中々改善しなかった例の期間、その時の宜野座さんにそっくりですよ、今のあなたは」

「えっ....そうだったんですか....?」

「あなただけは失えないと、何か方法は無いのかと、必死になってここに来ていましたよ」

「そう....ですか....」

「人の心はやはり寄り添えるパートナーが居ることが一番効果的です。宜野座さんに誰かそのような人はいないのですか?」

「....無い、ですね....本人が仕事人間なので」

「では宜野座さんにこそ、シビュラシステムのパートナー適性を受けさせてみるのはどうでしょう」





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