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「名前さんのどんな所に惹かれたんですか?」



常守の運転する車に、肘をついて窓の外を眺める

天候は生憎の雨で、街を彩るホログラムが所々剥がれてしまっている



「あんたはそういう話が好きなのか?」

「恋話は女の子の大好物ですよ」

「ならあんたはどうだ、意中の相手はいるのか?」

「....いないからこそ、こうして見守るのが楽しいんです」

「.....よく分からないな」



行き先に設定をされているのは大衆的なレストラン
ナビによる到着予定時刻は、1分後の18時49分
常守が名前と約束をしたのが19時ちょうど


「名前さんからは、狡噛さんとは高校の先輩後輩と聞きました。それならもう随分長い付き合いなんじゃないですか?」

「.....名前はずっと俺を好いていたらしいが、その気持ちに長い事気付いてやれなかった」

「....じゃあ、名前さんから告白されたんですか?私てっきり狡噛さんの方が積極的なのかなと....」

「いや、気持ちを伝えたのは俺だ」



車が自動的に止まり、同時にドアを開け降りる
俺はそのまま店内の御手洗いに向かい、そこでホロを起動した
....どこにでもいそうな一般的なスーツを着た男性



「....どういう設定にしましょうか」

「あんたの同級生でいいんじゃないか?」

「そうですね、分かりました。名前さんはまだ着いていないようなので飲み物だけでも頼みますか?」

「そうだな。俺は水でいい、あいつにはリンゴジュースを頼む」


そう言うと小さく笑った常守


「....笑うな」

「いえ、本当に名前さんがお好きなんだなと」


常守は自分もと、リンゴジュースを二つ注文した


「結婚は考えていないんですか?」

「その返事を待っているところだ」

「....もうプロポーズされたんですか!?」

「あぁ、数ヶ月前にな」

「....やっぱり潜在犯と結婚となると迷われているん

「すみません!遅れまし...た....」



少し息を切らした様子のその声の主は、綺麗な黒髪を濡らしていた



「名前さんびしょ濡れじゃないですか!走ってこられたんですか?」

「はい....私運転できないので....」


名前は俺と目を合わせず鞄からハンカチを取り出すと、手などを拭き出した


「えぇっと...そちらの方が常守さんのご友人ですか...?」

「あ、はい。学生時代の知り合いなんです」

「....そ、そうですか....」


気まずそうに少し俯く名前


「....やっぱり嫌でしたか?」

「い、いえ!ただ男性の方だとは思わなかったので....」

「っ!狡噛さんの事なら大丈夫ですよ!事前にお話はしておきました!」

「そ、そうですか....えっと、なんとお呼びすればいいですか?」


そう他人行儀な目に少し悲しくなる
....実際名前にとっては知らない男なのだから仕方ないのだが


「.....佐々山です」


....少しお前の名を借りるぞ


「.....よろしくお願いします、佐々山さん」




そのタイミングで常守が注文していた飲み物が運ばれた

女性陣二人の前に置かれたガラス張りのリンゴジュース

それに僅かに驚いた表情を見せた名前に、思わず触れたくなってしまう



「あ、わ、私と同じものを勝手に頼みましたが、大丈夫でしたか?」

「はい、私もリンゴジュースが好みなので」


良かった
元気そうだ
....安心した

その柔らかな笑顔だけで、連れて来てくれた常守に感謝したい











それぞれに食事を注文してからは、出身校や部活、流行ったドラマ、芸能などについて主に常守と名前が盛り上がった

ただその様子を眺めていた俺にも名前は、「佐々山さんはどうですか?」と気にかけてくれた

その度に適当な嘘をつく

確実に俺に向かれている視線も気遣いも、俺とは別の"佐々山"に向けられている事がもどかしかった

俺を見て欲しい
俺だけを見ていて欲しい

目の前にいるというのに、とてつもなく遠く感じる




「え、名前さん監視官を目指されていたんですか?」

「恥ずかしながら....でも適性はやっぱり出ませんでした。だからこうして人事課という事務職で....」



自分が監視官だった頃がもう遥か昔のようだ
ギノの過保護さに振り回される名前を助けてやったり、帰りは家まで送ってやったり

あの時でも名前は俺を好いていたはずだ

それに気付けなかった自分を恨んでも仕方がない



「あ、あの....常守さん」


俺は水の入ったグラスを手に取る


「....狡噛さん、どうしてますか?....ここ数日会えていないので....」


常守から一瞬視線を感じたが反応しない事に徹した


「名前さんを心配してますよ。狡噛さんと何かあったんですか?」








「....恐いんです」




恐い....?





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