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「ごめん....」


狡噛さんが貸してくれたジャケットを抑えながら助手席に乗り込む

そんな私を見るなり暖房をつけた伸兄は相変わらずだ


「脱げ」


その言葉の意図は聞かなくても分かる
絞れば水が出そうな2枚のジャケットを素早く剥いで、その手からまた別の乾いたジャケットを受け取る

それから感じる持ち主の体温と匂いは、やっぱり安心する


寒さに尚震える手を長過ぎるその袖の中に仕舞う



走り出した車の中から外を眺める
普段なら街を彩るホログラム

.....ホロ

"佐々山さん"が実はずっと狡噛さんだったなんて
全く気付かなかった

何か言うべきじゃなかった事を言ってしまっていないか
今更悔いても仕方ないが必死に思い出してみようとする

....あぁ....永遠なんて誰も保証出来ないとか言っちゃったっけ.....
傷つけちゃったかな....





「....知ってたの?狡噛さんが来るって」


21時までという制限をして来た伸兄の意図は、"雨だから迎えに行く"という都合から来るものだと思っていた

狡噛さん、常守さんに外出許可を申請したんだ


「....あぁ」



あれから普通に会話も生活もするものの、いまいち伸兄の顔を上手く見れない

家では眼鏡もしないし、伸びた髪も耳に掛けたりしているから物理的に見えないわけじゃない

ただあの時の態度と言葉、私をただ静かに見つめた悲しげな目が....



「....はぁ....」



それを思い返しては深く溜息をつく

伸兄を失うわけには行かない
私のせいで濁らせるなんて絶対にダメなのに

狡噛さんへの不安を解決しない限りは何も進まない


私は何が不安なのか
色相を濁らせてしまう程何を気にしてるのか
それが分からないと狡噛さんへの返事も出来ない

いくらこんなに好きでも、耐え切れずに取り乱してしまうようじゃ結婚なんて出来るわけがない


狡噛さんへの不安
プロポーズの返事
私と伸兄の好転しないサイコパス
"したいようにしろ"と言う苦痛の気遣い

全てが複雑に絡まり合い、私の心を乱す




「....ねぇ、伸兄にとってはさ、何が幸せなの?」


そう窓に寄りかかって外を眺めながら問う
私の吐く息がそのガラスを少し曇らせる


「....お前の幸せだ」

「....私には狡噛さんと一緒になるのが幸せで、それならそれが伸兄にとっても幸せだから私を止めないの?」

「.....」

「私が潜在犯と結婚するなんて望んでないのに、それが私の幸せならって事?」



伸兄は何も言わない
ただ前を向いてハンドルを握り続ける

どうして
どうしてそこまでして




「....そんなに、そんなにその私の幸せを望むなら、いちいち悲しそうな顔しないでよ!狡噛さんに付けられた跡を見て私を抱かないでよ!私が狡噛さんに会いに行く時怪訝な表情をしないでよ!勿体ぶってないで私の不安の正体を教えてよ!」

「....落ち着け名前」

「私を止めもしないなら、そうやって抗う意味もないでしょ!?」

「.....」

「そんな遠回しな事をするくらいなら、はっきり"嫌だ"って言ったらどうなの!?"行くな"って...."側にいて欲しい"って....言えばいいじゃん!」



ダメだ

もう分からない

頭がクラクラする

未だ寒さを感じる身体に暖房の温度を上げた



「....やっぱり何も言わないの?....ははっ、口煩い伸兄が言葉は我慢出来て、体はコントロール出来ないなんてね」


あまりの息苦しさに窓にもたれかかる


「....もういいよ。これからはハグもキスもその先もしないで。それを伸兄の目の前で私と狡噛さんがしても、幸せそうに笑っ...ちょっ、何!?触んないでよ!」

「大人しくしろ」


私の額目掛けて伸びて来た手を振り払おうとするも遅く、その適度な冷たさが気持ち良くて目を閉じそうになる


「....全く、お前は本当に」


急にスピードを上げた車に、ギュッと私を包むジャケットを掴んだ






ぼーっとする頭でまた思い出す


"行きたいなら行け"と私をパーティーに戻らせてくれたいかにも不機嫌な声

"これ以上は見過ごせない"と私に強引に深く迫った口付け

"したいようにしろ"と自らの感情を押し殺したような言葉



もしかして私は、伸兄を傷つけてしまう事に不安を感じてるの?

....いや、違う

何かが根本的に違う

じゃあ何?


私は、私は....





「名前、降りろ」


....あれ、もう家...?
まるで瞬間移動でもしたような感覚だ

伸兄もいつの間に車を降りて、助手席のドアを開けてくれたの?


差し出されたその手を掴もうと腕を上げてやっぱりやめる


「....いい、自分で立てるから」


....あれ、さっき食べ過ぎたかな
駐車場に足を下ろすと、自分の体重を支えられない脚に車に手を付きながら歩みを進める


「意地を張っている場合か!掴ま

「だからやめてってば!触らないで!」



でももちろん車がエレベーターの扉まで繋がってるわけもなく

体が重い

寒いのに汗が流れる

私にジャケットを貸してしまってシャツ一枚の伸兄はもっと寒いんじゃ無いかと思うと、

心配に....な....







「はぁ.....本当に世話が焼ける」



お腹辺りに巻きついた腕に体を引き起こされる



「....なっ!降ろして!嫌だ!」



そのまま足が地を離れ抱え上げられると、抵抗する私を無視してエレベーターに乗り込む伸兄にどうすることも出来なかった





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