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「自分で着替えられる!」


そう自ら半乾きのシャツのボタンに手をかけた名前は、何度もその指を滑らせる

赤く火照った頬と、横顔を伝う汗

車の中で触れた額


未だに一つしか開けられていないボタンにもどかしくなりその手を捌けると、素直に力無く落ちていく


ベッドの上で座り込む名前の衣服を剥いで行く
締め付ける下着まで若干水気を含んでいた

露わになったその身体に肌着を着させ、その上からパジャマを重ねる



「横になれ」


今度は大人しく言う事を聞いた名前は、さすがに辛くなってきたのだろう

同じようにスーツのスカートを脱がせ、代わりに上半身とセットのものを履かせてから、布団の中に潜らせる


「まだ寒いか」

「....出てって」

「名前、

「出てってよ!」


高熱を出しておきながらまだ反抗する力は残っているのかと感心する


俺は仕方なくリビングに出た






キッチンの台に手をつき顔を伏せると、腹部あたりで光を反射したネクタイピン


犯罪係数89に、色相ダークブルー

....そろそろ限界か


「はぁ....」


歩み寄ってきたダイムの頭を撫でる


「お前はどう思う?あいつの不安が何なのか、教えてやるべきだと思うか?」


そう問いかけると、俺の手を舐めたダイム

....駄目だ、俺が教えるわけにはいかない
これはあいつが自分で気付くべき事だ

その渦中で名前が"向こう側"に行きそうになれば、その度に引き戻してやればいい





調理完了の合図を示したオートサーバーの扉を開け、中のカップを取り出す

湯気が立ち込めるそれを冷ますように、スプーンでかき混ぜながら再び名前の部屋に向かう







「....何しに来たの」


こちらに背を向け布団の中で丸まっている姿


「....ココア飲みたい」

「反抗するのか甘えるのかどっちかにしろ。起きれるか」

「ココア持って来てくれるまでには起き....え?」


匂いで気付いたのか、重い身体を起こして俺の手元を覗き込む


「....あり、がとう....」



俺の手からココアの入ったカップを嫌々受け取ると、少し熱そうにすすり始めた




まだよく覚えている

母さんが一緒だった頃は良かったが、二人きりになって初めて名前が熱を出した時

知識しか無かった俺は、名前の苦しそうな様子に慌てた

祖母に電話をしたり、インターネットで調べたり、見聞きしたものは全て試した

その中で"嫌だ"と拒絶されたもの、反対に再度求められたもの
世の中で数多く市販されている薬で、どれが名前に最も適していたか

それら全部が俺の中で対処方法として記録されていった
他の誰にも通用しない、ただ一人の為だけの教示




「....もういいでしょ、自分の部屋に戻ったら」

「薬を飲

「分かったから!ちゃんと飲むから、そこに置いといて」



俺は小さく息を吐き、白湯と錠剤をデスクの上に置いて部屋を出た












一人またエレベーターで駐車場に降りて行く

先程車内で俺に強く訴えた名前の声を思い出しては溜息が漏れる


あの時と同じだ


青柳に逃げてしまった俺を責めた、あの夜と同じ目をしていた



開いた扉に自らの車を目指す

俺は後部座席のドアを開け、そこに横たわる2枚の重なったジャケットを、互いから引き剥がすように拾い上げた



































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「もう!次勝手に行動したら外出許可しませんよ!」

「こうして戻って来たんだからいいだろ」

「私の立場も考えてください!....名前さん、どうでしたか?」

「....どうもなかった、驚きはしていたが大丈夫そうだった」

「ならいいんですけど....色相かなり危ないって、大丈夫なんでしょうか」

「犯罪係数89、色相ダークブルー」

「え!?大変じゃないですか!....って、いつの間に計測したんですか!?」

「さっきだ」

「さっきって.....でも本当に何なんでしょう、名前さんの感じている不安。やっぱり一度カウンセラーに見てもらった方がいいですよね....?」

「....そうだな、これ以上は本当に危ない」





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