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「もう...もう分からないんです....ぅっ....」
「....名前さん....」
私と先生は名前さんの話をただ静かに聞いた
右手で涙を拭いながら、左手にはずっと着信中のデバイスを握り締めている
その画面には、名前さんの話に度々出てきた兄と思われる"伸兄"の文字
お兄さんのサイコパスも悪化してはいないものの改善されていないらしく、それをとても心配しているらしい
名前さんによると、お兄さんは"不安"の正体を知っているそう
でも何故かそれを教えてくれないらしく、名前さんは"見捨てられた"と悲しそうな顔をしていた
確かに今はさっきからずっと通話をかけて来ているけど、こんなにも自分を大切に思ってくれている妹を、どうしてお兄さんは放置しているのだろう
ご両親だって心配じゃないのかな....
....もしかしてご家族から虐待でも受けている....?
「狡噛さんの事は好きだし、会いたいのに.....っ、もう....苦しくて....どうしてもその手を取れなくて....伸兄も意味分かんないし!....なんなの....っ」
徐々に取り乱して来た名前さんに、私は先生と顔を見合わせた
....そ、そんな....
もともと瀬戸際のサイコパスが.....
「なんで....どうして....どうして何も言わないのっ!分かんないよ....もう嫌っ!」
「お、落ち着きましょう!ゆっくり呼吸を
そう背中をさすってあげようと手を伸ばすと、その手首から着信の画面と音が飛び出した
「....すみません、少し出て来ます」
私は名前さんを先生に預けて、足早に退室した
「はい、常守です」
『そこのアドレスを教えて欲しい』
「まさかここまで来るおつもりですか!?いくら何でもプライベートの侵害ですよ!」
『....名前は無事か』
「宜野座さんに知る義務はありません!これ以上名前さんを困らせないでください!」
『.....常守監視官、これは君には手に負えない事案だ。アドレスを教えろ』
「嫌ですよ!名前さんの了承も無しに....もしそれで潜在犯認定でもされたら、宜野座さん責任取れるんですか!?」
『俺が全責任を負う、約束しよう』
「なっ、冗談言わないでください!これは名前さんと狡噛さんの問題なんです!お二人は愛し合っているんですよ!そこまでして名前さんを奪いたいんですか!?」
『人一人の人生がかかっている!手遅れになる前に教えろ!もう既に悪化し始めているんじゃないのか!』
「そ、それは....」
荒げた声に的確な事を言われ言葉に詰まった
確かについさっき数値が95に上昇した
正直私も焦ってる
落ち着きを取り戻せないどころか、益々乱れていく名前さんにどう対処すればいいのか分からない
今だってきっと先生が宥めているはずなのに、扉の向こうからは嗚咽混じりの泣き声が聞こえてくる
『常守監視官!』
私は追い込まれていた
先輩監視官に迫られる介入
止まらない泣き声
悪化する数値
私じゃ名前さんを助けてあげられないの....?
『聞いているのか!常も
「分かりました」
.....私は怖くなった
目の前で濁っていく姿に、自分の無力さを思い知らされた
そしてその責任をとてもじゃないけど負える気がしなかった
そんな私はやっぱりまだ新人だった
「安心してください名字さん、皆あなたの味方です。あなたを助けたいんです」
「はぁ....っ、うぅ.....」
部屋に戻ると見えて来たのは、息をするのですら苦しくなっている名前さんを落ち着かせようとしている先生
「狡噛さんがあなたを裏切りましたか?」
「い、....いえ.....」
「あなた以外に好きな女性がいると言っていましたか?」
「言って...ません.....」
「では、狡噛さんに対する不満はありますか?」
「....ありません....」
「それなら何も心配する事無いですよ。狡噛さんはちゃんとあなたを見てくれています」
「.....っ.....」
「あなたが大事で、気にかけているからこそ、こうしてカウンセラーに行って欲しいと願ってくれてるんですよ」
「.....め、て....」
「名前さん?」
その手に触れると驚く程冷たかった
それを温めるように握ってあげるも、名前さんは大粒の涙を流し続け、震える唇で何かを呟いている
「狡噛さんはあなたが大好きで、
「い、いや....め....」
「本当に愛しているからこそ、」
「やめ....いや、だ....」
名前さんの様子がおかしいのに気付き、精神状態をモニタリングしているスクリーンを見ると
「あなたと結婚したいと、プロポーズをされたんで
「嫌ぁぁ!!」