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部屋中に響き渡る忌々しいアラーム音


「っ!先生!」

「常守さんは名字さんを抑えてください!」


どうしよう
どうしたらいいの?

スクリーンに表示されている数字は99

名前さん、あなたは一体何を....
何がそこまで....


「右の袖をまくってあげてください」

「は、はい!」


先生が持って来たのは注射器
興奮状態に陥った患者に打つ、一時的な精神安定剤


「嫌!離して!」

「大丈夫です!名前さんを傷付けるものじゃありません!」

「やめて!やだ!助けて!」

「っ、名前さん!」


暴れるその体を、右腕だけはと必死に抑えてあげる


「いきますよ、絶対に動かないようにしてくださいね」

「はい!」


鋭い針が白い肌目掛けて近付いて行く様子に、思わず目を瞑りそうになった
こういうのはあんまり得意じゃない

それでも当人を押さえつけている都合上、何が起きているのか把握しておかないのはいけないと自分に言い聞かせた






先端が肌を押し付け、僅かに窪みを作った







その時だった









「....何をしている!」




突然の事に先生と同時に声がした扉の方を見つめる




「どけ!」

「ちょっ、宜野座さん!」

「打ったのか!?」

「い、いえ....まだ.....」



まだ後輩監視官になって間もないし普段からよく怒る人だけど、こんなに"怖い"と思ったのは初めてだ

いつもは、真面目に仕事しない縢君に苛立ちから来る怒号を飛ばしていただけなのに

今の宜野座さんは、私が征陸さんと何かあったのかと聞いた時とも違う目をしている


.....本気で怒ってる


....何に?
興奮する名前さんに精神安定剤を打とうとした事に?
99まで犯罪係数が上がってしまった事に?



「名前、大丈夫だ、落ち着け」



そうオフィスで聞いた優しい声色で、震えが止まらず目の焦点が合っていない名前さんを抱き締めた

床に敷かれた絨毯の上で座り込む二人

....止めないと
名前さんには狡噛さんが....

そう頭では思うのに、少しずつ静かになって行く名前さんに何も動けない



「なん...で....やめてって、言ったじゃん....ハグも....キスも....もうやめ

「え!?宜野座さん!何やってるんで.....」



突然起きた出来事に全く頭が追いつかない

名前さんに躊躇無くキスをした宜野座さん

鳴り止んだ犯罪係数上昇を知らせるアラーム音


....どういう事....?




そこで私はハッとして、先生に断りを入れてからパソコンを借りた

監視官IDでログインして宜野座さんの人事ファイルを開くも、特にこれといった情報は無かった

ならば、と今度は人事課の職員リストから名前さんの名前を見つける


名字名前
2105年 日東学院高等教育課程 卒業
     厚生省公安局 入局
     厚生省公安局人事課 配属



そして....



緊急連絡先
....宜野座伸元


....じゃ、じゃあまさか名前さんのお兄さんって....







「伸兄....ごめん....ごめんね.....本当に....」

「....やっと気付いたか....」



....名前さんの事が好きで、狡噛さんとの間柄を邪魔しようとしてたわけじゃなくて、ご兄妹....

それを知らないで私....
宜野座さんに"権利が無い"とか"関係無い"とか散々見当違いな事を....




いつの間にか完全に落ち着きを取り戻していた名前さんに、一気に罪悪感が生まれた

私、間違ってたんだ....

今まで宜野座さんは何度か忠告をしてくれていたのに、それを勝手に勘違いして....

なんで縢君とか教えてくれなかったの....?
宜野座さんと名前さんが兄妹だなんて、皆は知っているはずなのに

....でも名字が違うのはなんでだろう...?



「このまま名前は連れて帰るが問題無いな」

「え、あ、はい.....」


扉に向かう背中を追うまだ涙の跡が乾いていない名前さんは、女の私でも目を奪われるほど綺麗に笑っていた


「あ、あの!宜野座さん」

「....なんだ」

「その....本当にすみませんでした....」


そんな私の謝罪に返事をくれる事もなく立ち去った宜野座さんに代わって、名前さんが"ご迷惑をおかけしました"と頭を下げた





「.....えっと....常守さん、これはどういう事でしょうか」

「....名前さんのご家族の方です」

「いえ、こんな急激な落下....見た事がありません....」


先生はゆっくり私にタブレットを渡した
そこに示された名前さんの最終数値は



28



たったこの10分程の間で71ポイントの落下

....不安の原因、分かったんだ





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