▼ 139

「タリスマンサルーンは相変わらず千客万来。葉山公彦の幽霊は今日ものうのうと人生相談に大忙し、と」

「逃げも隠れもしないどころか、クラブエグゾゼの件、ネタにしてる有様ですよ」



あれから半月が過ぎ、私達は新たな事件に立ち向かっている

あの翌日、宜野座さんには誠心誠意の謝罪をしたが、"もう終わった事だ"と言われただけで特に何も起こらなかった

その翌週には名前さんもまた刑事課に訪れるようになり、とても元気そうだった


ただ変わったのが、どうも狡噛さんの機嫌が悪そうだという事
名前さんも元気になり、"不安"も解決出来たはずなのに、そんな名前さんとは反対に狡噛さんは落ち込んでいるようだった

縢君と共に"どうしたのか"と訪ねたけど、何でもないと追い返された


今週に入ってから名前さんの姿はまだ見ていなくて、宜野座さんによると"忙しい"らしい

人事課は今繁忙期なのかな




「....あれ?ギノさん珍しいっすね」


そう急に呟いた縢君に、皆が宜野座さんを見た
....ただ一人狡噛さんを除いて


「珍しいって?何が?」


見た所特に変わった様子は無い


「アクセサリーなんて付けたことないじゃん」

「....アクセサリー....?」

「....やめろ、俺を見

「あぁ!」

「....っ、宜野座監視官、お付き合いされてる方がいたんですか?」

「ちょっと!いつからよ!全然気づかなかったじゃない!紹介しなさいよ!」

「黙れ!仕事中だぞ!」

「....おい伸元、お前まさか....」


驚くべき事に、ついこの間"幸せが訪れませんよ"とか"他人の幸せを妬んじゃダメですよ"とか言ってしまった宜野座さんが、左手薬指に銀色に光る指輪をしている


「え?何みんな。彼女居なくても指輪するでしょ」

「そのしてる指が問題なのよ」

「右手の薬指?」

「左手よ」

「え、左手!?....あ、本当だ!嘘だ!ギノさん結婚したんすか!?」

「うるさい!ミーティングの続きをしろ!唐之杜、タリスマンサルーンのログを

「この情報分析の女神様を舐められたら困るわよ」

「っ、おい!やめろ!」


相変わらず一言も話さない狡噛さんの前で繰り広げられる騒動

皆宜野座さんが結婚した事を信じられないみたいだ

その相手を探ろうと唐之杜さんは物凄いスピードでキーボードを叩いている
.....全く知らない人を探し当ててもしょうがないのに


私は後ろで見守っていたが、すぐにまた縢君と唐之杜さんが騒ぎ出した


「ちょ、ちょっと....人事課の職員名簿に名字名前の名前が無いじゃない....」

「....名前ちゃん退職したんすか?」

「していない!もういいだろ!葉山の話に

「あぁ!!えぇ!?」

「....お、おい、コウ....」

「マジ!?ちょっとコウちゃんどういう事!?」


今度は一斉に狡噛さんに向けられた視線に、その原因となったスクリーンを覗き込むと、前に閲覧した名前さんの人事ファイル

優しく笑う顔写真がとって...も....


「....え!?」





そのファイルに示された人物名は








宜野座名前だった


























ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
半月前



カウンセラーの言葉に突然頭が真っ白になった私は、次の瞬間常守さんに腕を押さえつけられていた

パニックでぐちゃぐちゃの頭と体が、迫り来る針に悲鳴を上げた

自分でも分かるほど、自分の全てをコントロール出来なくなっていた


そんな時に突如した声に振り向くと、私を見捨てたはずの伸兄がいた


「名前、大丈夫だ、落ち着け」


そう優しく強く抱き締められた温もりに、心が静まっていった

少しずつ落ち着いては来たものの、ようやく理解した自分の気持ちと現状に今度は普通に涙した


「なん...で....やめてって、言ったじゃん....ハグも....キスも....もうやめ


そんな私の言葉を遮ってまでされた、触れるだけのキスにまた涙が溢れた


「今更なんなの.....どうして助けてくれなかったの!一人にしない、離さないって言ったじゃん!なのに何で....」

「一度もお前を離したりした事は無い!お前をある程度自由にさせていたのは、自分で気づいて欲しかったからだ」


私は伸兄のスーツの袖をしっかり握った
もう離れないように
離さないように


「....悪かった、辛い思いをさせた」


そんな、私の方こそ謝らなきゃいけない
見捨てられたと勘違いして、散々酷いことを言ってしまった

結局私は止めて欲しかったんだ
その根本にある感情が分からなかっただけで、私はずっと伸兄を求めていた


「伸兄....ごめん....ごめんね.....本当に....」

「....やっと気付いたか....」


カウンセラーの先生に、
狡噛さんは私が大好きで、本当に愛しているからこそ、私と結婚したいとプロポーズをした
と言われた時に皮肉にも気付いてしまった


狡噛さんは、私が大好きで愛しているから結婚したい

その一方で私は、確かに狡噛さんが大好きだけど



狡噛さんに"愛してる"と言えない



あんなにも愛してくれているのに、私は狡噛さんを愛していない
真っ直ぐに私に愛情を伝えてくれる狡噛さんに、同じように伝えてあげられない事が不安だった

その不安が罪悪感に変わり、私を苦しめていた


でも好きな人である事には変わりない
そこが私の複雑なところだった

私にしか理解できない事なのかもしれないけど、好きという気持ちの延長線上が愛ではない事を思い知った

そしてきっとそれは伸兄も同じ
互いに恋愛感情が無いのは分かってる
だからお互いに対し、恋する様に好きだという感情は無い


それでも、前に向島先生が言っていた事

"愛情は最強の武器になる。この人の為なら何でも出来る、一緒ならどんな苦難も乗り越えられる、と強く思えるのなら、その人物は生涯のパートナーには最適"

これが私には狡噛さんがしっくり来なかった


....むしろ


「伸兄、私

「待て。....まずは家に帰ろう」

「....恥ずかしいの?」

「常守もいるんだぞ」

「私は平気だよ」

「.....その....お前に言われるのは.....」

「なにそれ、私が言うのはダメなの?」

「....とにかく帰るぞ。ほら立て」

「やだよ!せっかく分かったのに!言わせてくれないと帰らない!」

「なっ、名前!」

「伸兄、あい


咄嗟に私の口を覆った手と、耳元に直接感じた吐息


「....それは俺だけに聞こえればいい。俺の言葉もお前だけが聞いて欲しい」



その肩越しに常守さんの横顔が見える



「....遅くなってすまなかった。愛してる、名前」





[ Back to contents ]