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「式はいつ挙げる?一係の皆んなに来て欲しいけど、さすがにそれは難しいかな?」

「挙げなくてもいいだろ」

「え!?それは絶対やだ!ウェディングドレスは女の子の夢だよ!?」

「なら写真を撮るだけで十分だ」

「....まぁそれでもいいけど....」


カウンセラーから帰る車内、私はさっきまで泣き喚いていた事をもうすっかり忘れていた程だった

運転席に体を向けて、前を見つめハンドルを握るその姿をただ眺めた


「でもせめてプロポーズはして欲しかったな....」

「お前が覚えいないだけで、俺は狡噛よりも先にしている」

「....え?いつの話?」

「お前が友達と合コンに行って潰れた夜だ」

「....それは無しだよ!酔っちゃって何も覚えてないもん!そんなの本当かどうかも分かんないし」

「わざわざ嘘を言う訳ないだろ」

「やだやだ!無し!ちゃんと聞きたい!」

「酔っていたお前が悪い!」

「酔ってる時に言う方が悪いでしょ!」

「....どうせ結婚するなら同じ事だ」

「ケチ!」


なんとなくまだ信じられない
あんなに苦しんだ日々の結果が、こんな事になるなんて

伸兄は最初から全部分かってたんだ
だから一番初め"お前がどうしたいのかは分かる"って

あれは、私は狡噛さんを選びたいと言う意味じゃなかった

私に何も教えてくれなかったのは、私がきっと受け入れられなくて混乱する事を避けた為だった

それでも私が自分で気付くにはその"不安"を感じるしかない、何も無いところで急に気付くはずがない
だから狡噛さんに会いたいと言う私を止めなかった

それで色相が濁ってしまうかもしれない事を承知の上で。

その中で伸兄は私の精神を引き戻せる唯一頼みの綱だったんだ
なのに私がその態度を勘違いして避けちゃったから....


「....本当にごめん」

「もういい、怒ってなどいない」

「だって酷いこと言った....全部私の為だったのに」

「....常守の方がよっぽど酷かった」

「え?」

「あいつはお前と狡噛が恋人同士だと思っている。それに加えて俺は部外者だ」

「.....誰も教えてあげなかったの.....?」

「一係の奴らは全員狡噛の味方だ。意図して教えなかったんだろう」

「.....伸兄イジメられてるの?」

「....どう間違っても俺は監視官だ、立場上同等じゃない」

「まぁ、誰が何と言おうと私は伸兄の味方だから。私の事を一番気にしてくれてるのは絶対伸兄だよ」

「....20年経てようやく報われた気がするな」

「でも本当に今までありがとう。.....私いつも守られてばかりで、何も出来なかった」


潜在犯の家族への差別についても
二人きりになってからの生活も
学校の勉強も

何から何まで伸兄が居なかったら、全部悲惨な事になっていたかもしれない

本当に伸兄だけは絶対に....


「だからさ、代わりにって訳じゃないけど、」


私はわざと、シートベルトが許す範囲内で運転席に身を乗り出した


「愛してるよ、伸兄」

「っ!やめろ!」

「何で嫌なの?」

「.....」

「恥ずかしがっちゃって!伸兄らしくない!」

「....いいから戻れ!」


私はその反応が面白くて、どうしても少し遊んでみたくなった
本音ではあるし、実際確かにたくさん伝えたい


「愛してる」

「名前!」

「本当に愛してる」

「いい加減に

「すっごい愛してる」

「....いい度胸だな」

「だって本当に、え、ちょっと待っ



オートドライブに切り替えたのが先か
顔を包まれたのが先か

もはや一瞬過ぎて私には分からなかった


「はっ、ん....」



容赦無い口付けに溺れて行く感覚

かなり遠回りした幸せ

伸兄は、私の幸せが自分の幸せでもあるって言ってた
伸兄がそう言うならその逆も然りって、何であの時気づけなかったんだろう

今ならちゃんと分かる



「.....もう一度だけ言う」


「う、うん」


「....名前、俺の苗字を名乗って欲しい」


宜野座

....私が宜野座の姓を名乗るというのは、大きな意味がある

もともとお母さんの養子として改姓するかという考えがあった

でもそれを伸兄は、差別の対象になりやすくなると私の代わりに拒否した
伸兄だってまだ子供だったのに、本当にすごいと思う

そんな過去がありながらも、伸兄が私に"宜野座"を名乗って欲しいと言うのは、つまりもうその危険性を顧みないという事

仮に何かあっても、全責任を負い必ず守るという覚悟






「結婚しよう」



もう二度と離れない
そして離してくれもしないだろう



「ずっとそばにいて、絶対離さないでね」

「あぁ、約束する」





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