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それから手続きは全て伸兄がこなしてくれた

職員証や電車のパスなど、それに示された名前が続々と変わって行く事に、本当に"宜野座"になったんだと実感する

お母さんのお墓参りにも行って、そこで"お母さんの苗字を継ぐ"事を伝えた

その足でそのままお婆ちゃんの家にも行き、結婚した事を報告した
最初は驚いた顔をしていたが、すぐに"二人が幸せならそれでいい"と笑ってくれた




今はそこから出勤しようと公安局に向かっている車内


「お父さんは?どうするの?」

「....刑事課は俺が処理をする。お前は気にしなくていい」

「絶対言わないつもりでしょ」

「.....」

「でも狡噛さんだけは私に任せて。ちゃんと話しておきたい」

「....俺も同伴する」

「いい!余計面倒なことになるよ!」

「あいつが受け入れられるわけないだろ!暴走でもしたらどうする!」

「大丈夫だから!私がなんとかする。それに狡噛さんはもうそんな事しない」

「....何かあったらすぐに連絡しろ」

「分かってる」


正直緊張はしている
プロポーズを断るだけじゃなくて、別の人と結婚したなんて
狡噛さんは飲み込んでくれるのだろうか

伸兄を選んだからと言って狡噛さんが嫌いになったわけじゃない
会いたいと思うし、カッコよくてドキドキするし、依然として好きではある
優しくされれば嬉しいし、好きだと言われれば心が躍る

でもそれ以上を与えてくれる狡噛さんに、私は同等のものを返せない


「ねぇ、指輪は欲しいな」

「....お前は何故そうも形式的な物を欲しがる。俺達の間でそんなものは必要無いだろ」

「そうだけど....欲しいって言ったら欲しいの!有り余るほど稼いでるんだからそれくらいはいいじゃん」

「はぁ....後から文句は受け付けない」

「うん、信じてるから」


駐車が完了したのを合図に、共に公安局地下駐車場のコンクリートに足を着ける

広い開放空間に響き渡る、伸兄の革靴と私のローパンプスのヒール音

そのままエレベーターに一緒に乗り込めば、人事課と刑事課のフロアのボタンを押してくれた


あれから伸兄のサイコパスも改善された
よっぽど心配してくれていたらしい
そんなところも今では愛しく思える

いつも通り私と同じ色、同じ素材のスーツを綺麗に着こなすすらっとした長身の背中


「....っ!おい!」


私は何となくそれに抱き付いた


「もうこれからは伸"兄"じゃないね。元々家族でも兄でも無かったのが、急に夫だなんて。なんて呼んで欲しい?旦那様?あなた?」

「やめ

「あ、ここに来て名前にする?伸元?」

「っ、変えなくていい!今まで通りでいろ」

「...まぁ伸兄がそう言うなら」

「それより離れろ!もう人事課フロアに着くぞ!」

「じゃキスして」

「なっ、馬鹿か!こんな所で

「早くしないと扉開いちゃうよ?」

「そういうのは家でにしろ!」

「してくれないならこのまま一緒に刑事課行く。私は出勤時間までもう少しあるし、ついでに皆に結婚した事


急に縮まった距離と、ふわっと香った香水の匂い

そんなに他の人に知られたくないのか


「....伸兄って積極的なのか消極的なのか分かんない」

「どっちでもいい、ほら仕事に行け」


ちょうど良く開いたドアに、私だけそこから踏み出した


















そのまま通常通り業務をこなし、さすがに私の苗字が変わったことに気付いた同僚はまだ居なかった

わざわざ確認する人もいないから無理も無いけど







退勤後、久々に刑事課一係のオフィスに訪れると狡噛さんと常守さんがすぐに声を掛けてくれた


「名前さん!本当にすみませんでした!宜野座さんがお兄さんとは知らずに私....」


その言葉に、今度は更に複雑な勘違いをしているなと思ったけど、狡噛さん以外への対応は伸兄がする事を承諾した以上、私からは何も言わないでおくことにした


「いえ、大丈夫ですよ。私ももう元気になりましたから」

「本当にもう無事なのか?」


真っ直ぐに私を見つめる瞳に胸を締め付けられる
どう足掻いても好きである事には変わりないのだから


「....はい、色相もクリアカラーになりました。散々迷惑かけてすみませんでした....」

「良かった」

「あ、こ、狡噛さん....」


強い力に包み込まれ、その胸板に視界を奪われる
それを見て奥の席で、伸兄はまた怪訝な顔をしてるんじゃないかと思うと苦しい


「ずっと心配だった.... お前の気持ちも考えずにカウンセラーに行かせた俺が悪かった....許してくれ」


その背中に回せずにいる、中途半端な位置の腕
私は掌をギュッと握り締めた

....ちゃんとけじめを付けないと


「私は大丈夫ですから、自分を責めないでください。....今少しいいですか?話したい事があるんですけど....」


快諾してくれた狡噛さんとオフィスを出た私は、悟られないように深呼吸をした





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