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日曜日
朝8時

安心する匂いをさせる布団
それに包まれて目覚める

一人で眠る夜はやっぱりどこか寂しくて、結局日付が変わる頃にこっちの部屋に来てしまった

結婚したからと言って自分の部屋が無くなったわけじゃない
伸兄が夜勤で家に居なければ、当然のように自分の部屋に戻った
伸兄の部屋はあくまで伸兄の物だという意識がなんとなくあったからだ



「んーっ....よし」


天井に掌を向けて体を伸ばす

本当によく片付いたシンプルな部屋だ
所々にサボテンやパキラなどの観葉植物を置き、趣味で集めているというコインもまとめて箱に入っている

そんなこの部屋の主のおかげで、私もあまり散らかさない性格になった

それでも昔はよく怒られたものだ
制服をハンガーにかけないでベッドに放置した事とか
服を裏返して脱いで元に戻さなかった事とか
使い終わった食器をすぐに洗わなかった事とか


懐かしい
その口煩い相手とこんな事になるなんて







「あ、おかえり」

「....ここで寝たのか」

「だって寂しかった」


新たに重さが乗ったベッドが少し沈む
私を抱き締めたスーツの背中に手を回す


「....ん....」





もし過去に戻れて、当時の私にこの未来を教えたら絶対に信じないだろうな

優しい幸せな口付け
それだけで何もかも溶けてしまいそう





「....9時には家を出るんじゃないのか」

「うん、遅くて9時半かな」

「俺はシャワーを浴びて来る、お前もそろそろ

「待って」



私はそっとその眼鏡を外して両頬を掌で包んだ



「....なんだ」

「笑って」

「....何がしたい」

「いいから笑ってよ」

「急に笑えと言われて笑えるわけないだろ」

「....じゃあいいや。シャワー行ってらっしゃい。私はご飯食べて来る」



お母さんの面影が色濃く残るその顔で笑顔を見たい
お母さんはもうずっと表情が無かったから、"笑っていた"と言った伸兄に体現して欲しかった

それに、そもそも伸兄自身もなかなか笑わない
元より大変な仕事をしているのに、性格や過去も相まって全然笑わないのはちょっと心配になる

あとは、せっかく綺麗な顔をしてるのに勿体ないと思ってしまう自分もいる




私はリビングでテレビを見ながら朝食を取り、自室で出掛ける準備をした


9時を少し回った頃に、玄関で伸兄と合流する




「じゃあダイム、お留守番しててね」








車に乗り込むと、すぐにマンションを出て、窓の外を流れ出す東京の街並み


「オートドライブにして少し寝たら?」


私が行きたいと計画しておいて言うのはなんだが、やはり夜勤明けについて来てもらうのは申し訳なかった


「運転手が寝るわけにいかないだろ」

「そうだけど疲れてないの?」

「当直中の休憩時間に仮眠はとった」


そんな伸兄はまだ一係の皆に言っていないらしい
別に特に支障は無いけど、いつかバレるだろうに

私は靴を脱いで膝を抱えた

街中は、日曜午前ということもあって多くの人が道を行き交っている


「本当にオーダーメイドするの?既製品でも良かったのに」

「一生に一度の事だ、構わない」

「....伸兄って普段そんなにお金使わないのに、いざという時はすごい大胆だよね」

「お前の為だぞ」

「じゃあ伸兄何か欲しいもの無いの?記念品くらい買ってもいいけど」

「お前が居てくれればそれでいい」

「っ....」


その言葉に思わず口元が緩んだ
あまり甘い台詞を言わない伸兄だから、こういうのには耐性が無いというか....
人前や公共の場では基本何もしたがらないし


「....何故恥ずかしそうにする」

「だ、だって恥ずかしいでしょ!」

「いちいち"愛してる"と言いたがるお前が言うな」

「それに伸兄は恥ずかしがってるくせに!」

「....そう何度も言わなくてもいいだろ!」

「言いたいの!....今まで何も出来なかったから....ちゃんと伝えたいの」

「....充分伝わっている」


実際伝わっているのは分かってる
むしろその気持ちを私自身より早く見抜いていたのは伸兄だ
そんな相手に必要以上に伝えなくてもいいとは分かってるけど、どうしても言葉にしたかった


疲れを一切見せないで真面目に運転する姿を見つめる
.....何よりも大切で唯一無二の存在

今まで本当にいろいろな事があったけど、結局この空間に戻って来た
やっぱりここが私の居場所なんだ


「それと、この後指輪を取りに行くぞ」

「....それ私も行くの?」

「....はぁ....分かった、俺が行く」




それからしばらくして、インターネットで見た店構えを見つけると車がその前で止まった


「あ、着いた」


同時に車を降りて一緒に店内を目指す
外からでもガラス越しに見えた沢山のドレスに、無意識に歩くスピードが速くなる





「お待ちしておりました、宜野座様。この度はご結婚おめでとうございます」


そう迎え入れられると気恥ずかしくて、すかさず伸兄の背中に隠れた





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