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「お客様に一から全てデザインを指定していただけるオートクチュールのフルオーダー、既製の物のサイズや色、デザインも多少変更が可能なプレオーダー。または既製品をそのままホログラムとしてレンタルしていただく事も可能です」

「....写真撮るだけだし、ホロでレンタルすればいいんじゃない?」

「お前が着たいと言ったんだろ、ホロで着た気になれるのか」



ウェディングドレスだけは譲れないと張り切った名前は、自ら店を探し予約までした

それくらいは出来る限り協力しようと、今こうしてプランナーの前に並んで座っている



「....でもフルオーダーで100万以上、プレオーダーでも50万からだよ?....さすがに写真撮るだけにここまでしなくても....」

「金額は気にするな、お前が後悔しない物を選択しろ」

「ふふっ、素敵な旦那様ですね」

「そっ、そんな....!」


プランナーの言葉にあたふたと顔を赤くした名前は、まだ夫婦となった事に慣れていないらしい

現実20年もの時を共に過ごし、様々な苦難を乗り越え、もはや家族以上の存在となっていた互いが、突然名字を重ね夫と妻になった

無理はない


「とりあえず既製のドレスをご覧になられますか?」

「お、お願いします....」






ドレスルームに案内され、部屋を一周取り囲みようにハンガーにかけられた大量のドレスに分かりやすく目を輝かせた名前

その姿だけで、これまでの如何なる困難も忘れられた


「時間はある、ゆっくり選べ」


俺はソファに腰を掛け、プランナーと共にドレスを見て回る名前を眺めた




その様子に昔を重ねる

初めて会った時は小さく痩せ細り、顔も青白く、ただ震えていた

きっとその一瞬からだ

二度とそんな苦痛を負わせてはいけない
そう思うようになった

それからは如何なる日も名前を思わなかった事は無い

俺にたった一つ残された生き甲斐
それが大事で大事で仕方ない



「ねぇ、これと....これだったらどっちがいいと思う?」

「お前はそんなに俺に賛同して欲しいのか?」

「....んもう!」

そう名前は迷いも無くすぐに、左手に持っていた方をラックに戻した



ずっと願って来たあいつの幸せが、今目の前で俺と共にある

本当にここまで時間がかかったものだ

何度かすれ違いはしたが、それでも互いが大切で掛け替えのない存在だった

俺には名前が必要だ
そしてそれは名前も同じだ

恋愛も交際もせずに結婚をした異例な俺達だが、そこには20年かけて積み上げた幸福と愛情、信頼がある

誰にも理解されはしないだろうが、それは誰にも負けはしない




突如デバイスがメッセージの受信音を鳴らし、俺はそれを受けてソファから立ち上がった
名前は相変わらずドレスに夢中で、俺がプランナーに声をかけた事にも気付かない

「すみません、少し出て来ます。すぐに戻りますので、妻をよろしくお願いします」

「かしこまりました。お気を付けていってらっしゃいませ」

俺は店外に出て再び車に乗り込み、引き渡しの準備が出来たと連絡が来た店へ向かった




変わらない街並みを走り抜ける中、ハンドルを強く握る

まっさらな手も、もうこれが最後だ

名前がどうしても欲しいと言った結婚指輪
そんな物が無くとも、俺達は誰よりも強固に繋がり合っているが、名前はどうもそういった普遍的な物を経験したいらしい

俺が仕事の都合上なかなか外出が出来ないため、インターネットにて二人で決めた
お互いの好みを理解し尽くす俺達には、数ある中から一つを選ぶ事にそう時間はかからなかった












「いらっしゃいませ」

「先程連絡をいただきました宜野座です」

「ただ今ご用意致します」


店内には千万にも上るであろう価格帯のものまで、照明を眩しいほどに宝石が反射させている

名前が望めばそういった物でも良かったが、似合わないと思う以前に本人も好まなかった


「お待たせいたしました」


テーブルに置かれたのは一つの横長な小さな箱
それを手袋をした女性スタッフが開けると、二つの指輪が綺麗に収納されていた

デザインは全く同一で、宝石も何もない
ただプラチナのシンプルな物だが、それがあいつの願いだった

無駄に目立つ装飾の無いもので、二人同じ物がいい
それが俺達の関係性を具現化する、と


「奥様はいらしていないのですか?」

「はい、別件に向かっています」

「ではサイズのご確認はいかがなさいますか?後日お持ちいただいてもお直しは出来ますが....」


俺はその箱から小さい方を手に取り、またすぐに戻した


「問題ありません、このまま受け取ります」

「かしこまりました」





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