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そこからドレスショップに戻ると名前の姿が無く、俺に気付いたプランナーが足早に駆け寄って来た


「奥様には現在ヘアメイクを施しております。その間こちらをご試着いただけますか?」


そう渡されたのはスリーピースのタキシードとホロデータの紋付袴


「....妻が選んだ物ですか?」

「まぁ!お分かりになられるんですね!ご自身の衣装より先に決められていましたよ。」


....全くあいつは


「和装はレンタルのみになりますが、いかがいたしますか?」

「構いません、妻のしたいようにさせてあげて下さい」

「もちろんです!奥様は現在ドレスをご試着中ですので、タキシードからお願いできますか?サイズ等も確認させていただきます」

「分かりました」




そのまま試着室に案内され、俺のサイズの革靴も用意されていた

現在着ているカーディガンやパンツを脱ぎ捨て、渡されたタキシードを着込む

シャツとポケットチーフ以外を黒で統一させたスレンダーなモデル

ボウタイではなくノーマルタイを選ぶあたり名前らしい

式や披露宴を行うわけでもなく、ただ二人写真を撮るだけ
そのためマナーやルールを考えず、単純に着て欲しいものを基にしたのだろう

袖をカフスピンで留め、エナメル素材の革靴を履く



試着が完了した事を伝えるとすぐに入って来たのはテーラーの男性とプランナー


「肩幅は良さそうですが、袖や裾の丈が少々足りていませんね」


そう俺の腕や脚等を測り始めたテーラーの横で、プランナーが"これを"とヘアピンを俺に差し出した


「....これも妻からですか」

「はい、片側でいいから顔が見えるように留めてと、仰っていました。それからメガネも外して欲しいと」


全ては名前の為だと決めた以上、俺は一度溜息を吐いてからプランナーの言葉に従った


「奥様が大変自慢されていましたよ!夫は本当に素晴らしい人だと、様々なエピソードをお話ししてくれました。我々スタッフも羨ましい限りです」

「....ご迷惑をおかけしてすみません」

「いえいえ!ご夫婦の愛を直接感じる事が出来るのが我々の職のメリットですから。本当に奥様の事を愛されているのですね」


俺は箱から二つの指輪を取り出し、一つを自らの左手薬指に、もう一つをポケットに入れた


「はい、妻の事は誰よりも愛しています。これまでも、これからも彼女の為だけに生きて行きます」


俺には名前しかいない
だからこそ全てを捧げよう
この身が尽きるまで、永遠に


「私もそんなセリフいつか言われて見たいものですね....こんなに外も内も素敵な旦那様、本当に奥様は幸せ者ですよ。ではこちらへどうぞ」






試着室を出ると、名前の方もあと5分程で終わるからソファで待っていて欲しいと指示された

自宅以外で眼鏡をかけないのは幼少期ぶりかもしれない

親父と似ている目元が嫌いで、明らかに俺の顔を好いてくれている名前には悪いが、どうしても親父関係となると譲れなかった

名前は征陸を父親の様に慕っているが、俺はどうしてもそれが出来ない
.....出来たくもないが

結婚についてもせめて話をするくらいは妥当だと理論上分かっているが、体も脳もそれを受け付けない

それくらい親父が憎い
母さんとの"約束"を果たせなかった親父を許せない

....はぁ
あの日々を思い出すだけで負の感情が呼び起こさ








「っ.....」





くるぶし丈の純白のレースドレス

俺は一瞬で、その姿に全てを奪われた

名前も、まるで俺を鏡で映したかのような表情


唯一違ったのは、ただ立ち尽くしていた名前に対し、俺は立ち上がり歩みを進めていた点だ

近付く距離に比例して、俺を見上げるように少しずつ顎を上げた名前





「.....綺麗だ、名前」




比較的高いヒールによって、普段より近い顔

本当に美しい

もう俺には名前しか見えていなかった



「.....愛してる」

「え、ま、待っ




黒く艶やかな髪と、白く滑らかな肌を強調させるような紅い唇

それに吸い寄せられるように口付けを落とした




「.....の、伸兄....」




耳まで真っ赤になった様子に、思わず深く呼吸をした

愛おしい

恥ずかしそうに俺を見つめ上げる瞳が、どうしようもなく感情を煽って来る

俺はポケットから冷たく硬い小さな輪を取り出した




「手を出せ」


理解良く差し出された左手に、それを通して行く


「....ぴったりだね、良かった」



その嬉しそうな顔に、俺まで....



「....あ!伸兄笑った!」

「....俺も人間だ」

「だって全然笑わないじゃん。私伸兄の顔好きだもん、だから笑顔も見たい」


俺はふっと息を吐いて、ジャケットを脱ぎその肩にかけた


「お前が望むなら何でもしよう。 すみません」


そう奥で見守っていたプランナーを呼ぶと、すぐに横に来て立ち止まった


「全体のデザインはこのままで、背中部分を覆ったスタイルに変えてもらえますか?」

「え!そんないいよ!写真撮るだけだし、気にしなくても」

「俺が気にする、誰にも見せたくない」

「っ....」

「その場合プレオーダーとなり、金額が大きくなりますが宜しいですか?」

「構いません、サイズも全て妻に合わせて作り直して下さい」

「もう....」

「ふふっ、かしこまりました。では次に、今お召しになっているお着物の上にホログラムで和装を投影させていただきますね」



大きな鏡の前に立つように指示され、少しすると俺は黒い紋付袴に、名前は真っ白な白無垢に身を包んだ



「おー!やっぱり伸兄は和が似合うね!」

「そういうお前は色打掛はいいのか」

「うん、白無垢でいいの。私っぽいでしょ?」

「.....そうだな」
























テーラードタキシードとドレスは、約3ヶ月後に完成し、その際は連絡をするとの事だった

家に帰る道中名前は、よっぽど嬉しいのか自分の左手を眺めては、ハンドルを握る俺の左手に重ねたり

良い意味で落ち着きが無かった



自宅に着き玄関を開けると漂ってきた芳醇な匂いに、名前は急いでリビングへと入っていった


「ねぇもしかして!」

「....あぁ」


月下美人が今夜開花をする知らせだ




































「綺麗....」


満月の夜

月の光に照らされた表情を俺は抱き締めていた

白い大輪の月下美人
その美しさに俺は、この世界で最も大切で愛しい存在を見出していた



「....私ね、この花伸兄に似てると思うんだよね。白くて綺麗な花。そう思わない?」


そう俺を見つめた名前に降りかかる月光
"月下美人"とはまさにこの事だ


「名前....愛してる」

「私も、んっ....はぁっ....」



夜はまだ長い

夜勤の疲れはどこかに忘れて来たらしい

咲き誇る花を照らす月の下、俺達は永遠のような愛に浸った





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