▼ 148

「....なぜお前が悲しんでるんだ」

「だって....だってこんなのあんまりじゃないっすか!」


縢が指輪に気付いた事でようやく発覚したギノと名前の結婚

本当はその3日前からギノは指輪をしていたが、誰も気付く様子が無かった


「でも本当に驚きね....いくら仲が良くてお互いを想ってるとは言っても、まさか結婚するとは思ってなかったわ....慎也君も知らなかったの?」

「....終わった後に報告された、1週間前だ」

「....だからコウちゃん機嫌悪かったの?何で言わなかったんすか?」

「名前と約束をしたんだ。ギノが隠したがってるから言わないでくれと」


ギノは、こうなるから言いたくなかったんだろう
だとすると、バレやすい指輪も名前が願った物か

....名前は本気だ

それはあいつの様子から一目瞭然だった

縢がギノを責めようとした瞬間、名前は嫌そうな顔をした
それほどあいつはギノを大切に思ってる
そんな愛情を俺はやはり見ていられなかった


「....結局あの子の不安は何だったのよ?"私本当はお兄ちゃんが好きなの!"って事?」

「いや、名前は今でも俺の事を好きだと言ってくれた。.....だがそこに愛が無いんだろう」

「....なんか前にそんな話したわよね?あの子には恋と愛は別だから"恋愛"は出来ないのかもしれないって」

「なんすかそれ。好きなら愛してるでしょ!」

「そうとは限らないわよ?恋情と愛情が別だからこそ、浮気や不倫があったりするって事よ」

「....名前が浮気をしたみたいに言うな」

「あら、もしあなたがまた無理に迫ったら不倫確実よ」

「....その話はもうやめてくれ」


あの時名前は俺を庇ってくれた
ギノに黙っておくとした事も、ギノが殴ったのを問い詰めた事も

だがあれはどう考えても俺の非だ
責められなければいけない場面での同情程辛いものは無い


.....ギノは名前が自分を選ぶと分かっていて俺に送り出していたのか
そう思うと、何もかもあいつに踊らされていた気になる

"恋は盲目"
元より大して名前を理解出来ていない俺が盲目になっては、何もかも見抜いていたあいつには勝てなかった


「....私を抱いてみる?忘れられるかもしれないわよ」

「せめてもう少し面白い冗談を言ってくれ」

「コウちゃんまだ頑張るんすか?」

「.....さぁな」


正直俺もどうしたらいいのか分からない
この名前への強い気持ちをどこに置けばいい?

名前が幸せそうである度に、ギノに愛を紡ぐ度に、息が詰まるような苦しさと強引にでも触れたい欲が湧き起こる

いけないとは分かってる
分かってはいるんだ







「ちょっと!宜野座君が結婚したって本当なの!?」


突然分析室の扉が開いたと思ったら、すぐにそう響いて来た大声


「あら璃彩ちゃん!二係にも伝わってるの?」

「えぇ、うちの執行官が指輪をしてるのを見たって!」


....ギノはせめて仕事中は指輪を外すべきだったな
青柳は遠慮無く俺と縢の間に座った


「で、本当に結婚したの!?宜野座君は万年彼女無しだったじゃない!」

「それが本当なのよ、名前ちゃんが認めたわ」

「相手は誰なの!?もしかしてシビュラの判定を受けた!?」


横で興奮する青柳に、俺は深く息を吐いた
ここまで誰もあいつらが結婚するとは思ってないんだな...


「だから言ったじゃない、名前ちゃんが認めたって」

「....."お兄ちゃん"が結婚した事をでしょ?」

「"夫"が結婚した事をよ」

「.....」

「....おい大丈夫か、....青や

「えぇぇ!?宜野座君が!?名前ちゃんと!?」


信じられないと繰り返す青柳に、もはや名前が可哀想になってくる

俺は徐にタバコを取り出し、志恩にライターを強請った


「マジ信じらんないっしょ?あんなにコウちゃんにぞっこんだったのに!」

「もう俺の傷を広げるのはやめろ、縢」

「あはっ!そっか、狡噛君振られちゃったんだ!優秀でパーフェクトな狡噛君が負けちゃったのね」

「....青柳、お前はわざとなのか?」

「一杯奢ってあげてもいいわよ」

「余計なお世話だ」



....クソっ

すぐにまた脳内はあいつの表情で埋め尽くされる

名前は以前と同じように接してくれている
あいつは簡単に全てを元に戻した

だが俺にそんな事が出来るわけ無かった
声も
感触も
温度も
全てがこの身体に深く刻まれてしまった

それを忘れ、昔のように俺も戻れるのが最善だとは分かっている
だが未だ狂おしい程に名前を求めている

頭は忘れたがっているが、体が離したがらない

俺は完全に囚われてしまっていた



もう一度だけ

もう一度だけでも



そんな傲慢で強欲な私情を、持てる最大限の理性で抑えつける





[ Back to contents ]