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「離せ!名前!」

「ダメだよ!もう知られてるんでしょ?ならちゃんと話さないと!」

「その必要は無い!結婚した事を知った、それで充分だ!」

「いいから大人しくして!」



私は目的の部屋の前に来て、そのチャイムを鳴らした
嫌がる伸兄を逃げない様に掴みながら

すると直ぐに扉が開き、その人物は私達を暖かく迎え入れてくれた



「ほら座って」

「ハハッ!伸元は名前の尻に敷かれそうだな」


そっぽを向く伸兄の左手を私は右手で取って握った


「まずはやっぱり祝福しないとな、おめでとう。これは伸元にだ」

「貴様から受け取る物など

「ありがとうお父さん!私がちゃんと保管しておくから」


お父さんがくれたのはワインだった
私はお酒弱いみたいだから厳しいかもだけど


「それにしても驚いたよ....まさか二人が結婚するとはな....」

「すぐに報告出来なくてごめんね、ほら....」


そう私は伸兄を見たが、相変わらず嫌そうに頬杖を付いている


「いいさ、伸元は何も悪く無い。ところで式は挙げるのか?」

「ううん、伸兄が嫌みたいで。写真だけ撮る事にしたの。この間タキシードとドレスを注文して3ヶ月後に出来るって」

「そうか、お前達の晴れ姿を期待していたんだがな....」

「写真が出来たらお父さんには最初に見せるよ」

「名前は本当に良い子だな、ありがとう」


私は用意してくれた水を一口啜った


「孫は期待できそうか?」

「なっ、お、お父さん!」


それだけで如何わしい情景を思い出してしまう私は、まだ初心なのかもしれない
思わず繋いでいる手を強く握った


「ハハ、顔が赤いぞ。子供の頃から一緒の男に対してそういう反応が出来るのなら、それは本物だな」


私はもはや何と言えばいいのかも分からなかった
....恥ずかしい


「まぁすぐにとも、絶対にとも言わないさ。どうするかは全部お前達次第だ。ただ作るなら若い内の方がいいぞ。伸元は28、名前ももう27だ。時の流れは早

「俺達に子供ができようが何だろうが、貴様の知ったことじゃない!」

「ちょ、ちょっと伸兄!」

「お前は俺の父親でも、名前の父親でも無い!勝手に家族面をするな!」

「ねぇ!」

「もう話は済んだだろ!帰るぞ!」



そうそのまま私を引いて行こうとする力に、私は抗った

....気持ちは分かるけど、やっぱりお父さんなんだから
せめて私だけでも



「....はぁ....車で待ってる」

「うん、ありがとう」



こうやって私が留まることを許可してくれるあたり、伸兄は結局優しいと思う














「はぁ....あいつに許してもらおうとは思っちゃいないが、もう一度くらいは"父と息子"になりたいもんだなぁ....」

「ごめんね...」

「名前が謝る事じゃないさ。新婚生活はどうだ?」

「何も変わってないよ。前と同じ。ダイムも元気にしてる」

「そうか....」


そう息を吐きながらお父さんは黄金色に輝くウィスキーを口に含んだ

なんとなく言いたい事は分かった

でも受け入れてくれるのか....


「....あのね、狡が

「無理に言わなくていい。俺も恋愛や結婚、家庭を持ちそれを失う事まで全て経験して来たんだ。その中で、お前達は本当に幸せなのは見て分かる」

「....お父さん....」

「驚きはしたが俺は嬉しいんだ。俺が過ちを犯してから特に伸元には苦労を掛けた事だろう。そんなあいつが指輪を見て微笑んでいた」

「え?そうなの?」

「あいつはバレてないと思ってるだろうがな、父親の目は誤魔化せないぞ。伸元のそんな姿に当時の俺を思い出したよ。愛する人と共になれた嬉しさは隠しきれないものさ」


それを聞いて私もなんだかくすぐったい気持ちがした

怒りっぽい以外の表情はそこまで豊かじゃない伸兄だからこそ、それ程....


「名前、お前もだぞ」

「え?」

「そんなに伸元が好きだったのか、父親としては嬉しいものだな」

「っ!いや、それは....好きというか....その....本当に大事なの。ずっと側に居て欲しいし、伸兄を失うなんて考えられない」

「....冴慧もそう思ってくれていたんだろうな....本当に申し訳ない事をした....」


そうウィスキーのグラスを揺らしたお父さんに、複雑な感情を抱く

"自分のせい"で愛する家族を失くし、最愛の人の最期にも立ち会えなかった
唯一の息子とは絶縁状態で、結婚という人生の節目にもしたいように祝えない


「まぁ心配するな、伸元は俺と違ってきっと立派な夫になるさ。お前達はもう20年以上共に過ごして来たから今更障害も無いだろうが、もしあいつに不満があるならいつでも言ってくれて良いんだぞ」

「あ、いちいち小さい事に突っかかって来る事!昔からそうだけど、規則正しい生活に関しては特に煩いの!もう子供じゃないし、たまには崩れた日があっても良いよね?」


絶対三食食べろとか
お菓子は適量以上ダメだとか
寝る時間も起きる時間も、適切な範囲を逸出しちゃいけないとか

正論なのは分かるし、もうずっとそれだから慣れてはいるけどやっぱり少し鬱陶しい


「ハハハ!伸元はお前の夫で、兄で、親だな!あいつはそれ程お前が大切なのさ。だがそんなあいつの最大の弱点もお前だ、名前。お前に強く言われたら、あいつもどうしようも出来ないだろうさ」

「今度そういう崩れた生活に誘ってみようかな?」





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