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「本当びっくりしちゃったわよ、あなたが結婚だなんて。何で言ってくれなかったのよ」

「何故言わなきゃいけない」

「一応友人でしょ?」


休憩に出ていた俺に、急に相席して来たのは刑事課二係の監視官だった


「....お前に限った話じゃない、誰にも言うつもりは無かった」

「あら、二人だけでこっそり楽しもうなんて慈悲が無いのね。私だっていろいろ手伝ってあげたつもりだけど?」

「ビールの空き缶を拾ってくれたな、感謝する」

「....全く....今日お邪魔するわね」

「は....?」

「同僚の結婚くらい祝わせなさいよ」

「断る、俺は

「名前ちゃんは"ぜひ"って、言ってたわよ」

「.....」


俺はその言葉に手を止めた

....名前には勝手に他人を家に上げるなと言っておかないといけないのか


「本当あなた、あの子には弱いのね」

「あいつを俺を釣る道具に使うな」

「釣られる方が悪いのよ。じゃあ宜しくね」

「なっ、おい!待て!青柳!」


手をひらひらと振りながら去って行った後ろ姿に、俺は頭を抱えた

....また面倒な事を






























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あれから数日

俺は出来るだけ元に戻ろうとしていた

その度に名前が笑ってくれるのがこの上なく嬉しかったが、それと同時に、己を偽らないとあいつを笑顔に出来ない事に苛立ちを覚えていた

それに加え、"優しく"すればする程近くなる距離がもどかしい

名前の幸せを願う思いと、触れたい欲




「....名前、」

「はい」


すぐ右隣で本を読む名前は、俺の呼びかけにこちらを見上げるように振り向いた
その無防備過ぎる表情にすら近付きたい

ページに添えられた左手には煌めく指輪


「....タバコを吸ってもいいか」

「一本だけですよ」


俺は全ての感情を紛らわすように、火をつけたタバコを指に挟んだ


「....狡噛さんは、まだ佐々山さんが忘れられませんか?」


本の表紙をそっと閉じた名前は、佐々山が吸っていた銘柄の煙を吐く俺にそう聞いた

....もう3年か


「....そうだな。あいつの無念は絶対に俺が晴らす。それが俺の使命だと思ってる」

「マキシマ....ですよね?」

「....見たのか?」

「あ、ご、ごめんなさい!少し気になって....」

「いやいいさ。大丈夫だったか?あまり見ない方がいい写真もあったと思うが....」

「....うっ、そう言われると思い出しました....」

「っ、すまない!水でも飲むか?」

「....いえ、大丈夫です」


そう口元を抑える手に、どうしても指輪に目がいってしまう

そんな自分自身に嫌悪感が募る

口では祝福しておきながら、俺は結局縢同様、未だに受け入れられていない


「狡噛さんがそうやってタバコを吸う時って、どんな気持ちなんですか?」

「....時と場合によって違うな。佐々山を弔うって気もあるが」

「じゃあ今はどうですか?」

「っ.....」


俺はどう答えていいのか分からなかった

名前は分かっていて聞いてるのか、それとも純粋に気になっているのか

俺の手には徐々に短くなっていく白い筒


「タバコって中毒性があるって言うじゃないですか。どんな時に吸いたくなるのか、少し気になるんです」

「....まるでレポートでも書くみたいだな」

「言いたくなかったら別に大丈夫ですよ!ただふと疑問に思っただけなので!....私は吸いませんし、見てる限りでは何が良い


そこで名前の言葉を遮ったのはデバイスの音だった

名前はそれを確認すると"そろそろ行きますね"と立ち上がり、スーツのジャケットを羽織った


....またギノか
そう思ってしまう自分にもうんざりだった

二人は結婚した
名前はギノを愛している
大切にしている







「こ、狡噛さん....?」








その声に気が付くと、俺は名前の手首を掴んでしまっていた

ハッとしたが手を離せない代わりに、自分の鼓動が早くなったのが分かった


....もう無理だ


すまない





「っ!」





俺はその華奢な肩を後ろから抱き締めた

またその優しさに縋ってしまう

抵抗しない名前に驚きはしたが、むしろ嬉しさが勝ってしまっていた






だが俺はすぐに現実に引き戻された





「名前、

「狡噛さん、.....私が.....私が間違っていたんでしょうか.....」




若干震えたような声に、俺は息が詰まった


もう戻せない






「ごめんなさい....」



はらりと落ちた俺の腕から、名前はただ静かに部屋を出て行った














俺はしばらくその場から動けなかった

気付くと月が輝いていて、側には大量の吸殻が入った灰皿があった





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