▼ 153

「送ってくれるなんて律儀ね」

「社交辞令だ」

「半分でいいから、あなたのその名前ちゃんに対する優しさ貰えないかしら?」

「神月に言え」

「はぁ....もう戻ったら?タクシーくらい自分で拾えるわよ」

「ならそうさせてもらう。明日の出勤に送れないように気を付けろ」

「はいはい、お幸せに」




俺は一人エレベーターに乗り込んだ

....自分が間違っていたと言った名前
さすがにまた無理に迫られたという事は無いだろうが、何はどうあれ名前は喜んではいない

....狡噛は何故こうも名前に強い影響を及ぼす

ここ数日名前は嬉しそうだった
きっとあいつが"優しく"接してくれていたんだろう
以前の狡噛のように

一応あいつにも釘は刺しておいたが、やはり抑えきれなかったか









「....名前....?」


自宅玄関を開けると、明かりは全て消えていて一面の暗闇だった

リビングのテーブルは綺麗に片付けられていて、ダイムも自分の寝床で横になっている



まさかと思い自室の扉を開けると、案の定ベッドの上に布団を被った凹凸を見つけた


「....名前」


俺は自身のスーツのジャケットをハンガーにかけてから、その横に腰を下ろした


「まだシャワーも浴びていないだろ」

「.....うん」


暗室の中頭まで被られた布団をそっとめくると、見えて来たのは苦しそうな表情

俺は小さく息を吐いた


「.....どうした、あいつに何をされた」


ゆっくり体を起こした名前は、俺の脇腹から腕を通し背後で絡めた

それに応えるように俺もその温もりを強く抱き締める


「....なんか....一度進んだ時間は元には戻せないんだなって....」


ハーフアップを束ねていたゴムを引くと、解けるように落ちた髪が俺の手をかすめる


「私は元に戻りたかったのに....私が戻れば狡噛さんも戻ってくれると思ったのに....違ったみたい」


....全くあいつは...."身勝手な感情は捨てろ"と忠告をしたのにも関わらず


「....別に特に何かをされたわけじゃないんだけど....ただ....ハグ、されただけ。でも最近の狡噛さんすごい好きだったのに、偽りだったのかなって....」

「....」

「私はちゃんとけじめを付けたいの。もう傷付け合いたくない」


名前は狡噛が好きだからこそ、結婚した今も"普通の仲"でいようとしている
きっとそれが、名前にとっては最も居心地が良かった時間だったからだ


「....名前、しばらくあいつには必要以上近付くな」

「.....」

「何も会うなとは言っていない。せめて二人きりにはなるな。一係のオフィスで会うなり、常守を伴ったりしろ」


名前は狡噛に"手を出される"事に嫌悪感を覚えているわけじゃない
それに応えられないことに罪悪感を感じている

結局名前は、どこまでも狡噛への好意は捨てられない


「....もう本当に戻れないのかな」

「....名前」

「私のせいだよね....何も決められなくて、何度も狡噛さんを傷付けた。それなのに今更

「やめろ。....自分を責めるな」

「.....」

「っ、名前?」


突然互いの身体の間に隙間が出来、俺のネクタイに手を掛けた名前は、そのままそれを引き抜き適当に床に落とした


「....おい、待て、....名前!」


そしてただ無言で俺のワイシャツのボタンを外し始めた名前の手を掴むと、今度は俺にキスを迫るように近付いた顔


「....嫌なの....?」

「....酔っているのか?」


目と鼻の距離の口元からは僅かなアルコールの匂い
だがそういう訳でも無さそうだ


「伸兄なら見て分かるでしょ」

「.....」

「んっ...」


俺は求められた熱を受け入れた
甘い桃の味が、俺を蝕むように広がって行く


この感覚

覚えている


あの時
狡噛への寂しさを紛らわせようとしていた頃に酷似している

今回は少し違った意味の様だが、その根本は同一だろう




「....伸兄、愛して」




その艶やかな表情に、どうする事が出来ると言う

再び俺のシャツを脱がせ始めた名前は、露わになった俺の肌にぴったりくっ付いた



「....はぁ....名前、」

「....ん?」



そう俺の胸元で呟いた声を、押し返す様にその肩をシーツに沈めた



「それだけ煽っといて、覚悟は出来ているんだろうな」

「....ぁっ...」

「言われなくとも愛している」





[ Back to contents ]