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「頑張っている様子じゃない?」

「まだ経験が浅い分、心得違いをしている部分も多々ありますが、優秀な人材なのは事実です。将来的には有望かと」

「そうあってくれればいいが、君の同期生の様な残念な結末に至る可能性も、決してゼロではない」

「....はい、局長」

「君達監視官の職務は過酷だ。多くの犯罪者、そして執行官達の歪んだ精神に直面しても尚、任務を遂行できる不屈の精神が必要なのだ」


広く無機質的な局長執務室

その空間だけで冷たい威圧感が押し迫る


「君とて油断は禁物だぞ、宜野座君。犯罪係数と遺伝的素質の因果関係は、まだ科学的に立証された訳ではない。だが裏を返せば、まだ無関係だと証明された訳でもない」

「っ....」

「君が父親と同じ轍を踏む事が無いよう、心から祈っているよ」

「....肝に銘じておきます」

「宜野座君、君には期待をしている。....浮かれ過ぎないように」

「....はい」


そんな事は自分自身が一番よく分かっているが、改めて局長に直接諭されると、また別の意味を成している気がした

まるで結婚した事を責められているかのような


「もう下がってよい」

「....失礼しました」


俺は深く一礼をして、その緊張しい部屋を後にした

















八王子ドローンセンターで確保した金原祐治

その取り調べを行なったが、誰からセーフティキャンセラーのメモリーカードを受け取ったのか、なかなか手掛かりが掴めないでいた


「愉快犯....にしては悪質ですよね....?」

「そもそも金原が殺人を犯すと、送り主はどうして予測出来たんだ」

「....とっつぁんも職員の定期検診記録だけで、金原に的を絞ったんだ。同じ真似を出来る奴がいた」



そう推理し出した狡噛とは、あの後もう一度話をした

"名前が苦しんでいるから、本当に失いたくないのならもう無闇に触れようとするな"と

それに対し狡噛は、"分かった"とだけぶっきらぼうに答えた



「あの診断記録が部外秘だったわけじゃない」

「....じゃあそいつが御堂を手伝った動機は」

「....動機は金原と御堂にあった。奴はきっとそれだけで充分だったんだ」

「....狡噛?」

「殺意と手段。本来揃うはずのなかった二つを組み合わせ、新たな犯罪を創造する」


その様子に俺はすぐに違和感を覚えた
....また標本事件の事か


「....それが奴の目的だ」


それだけ言ってオフィスを出て行った背中


「チッ....おい!」


俺は仕方なく追い掛けた










「おい、狡噛!」

「あの事件と同じだ」


自分の宿舎に入って行った狡噛は、そのまま写真や資料が大量に置かれた部屋に進んでいった

鼻につくタバコの匂いが立ち込める中、資料を漁る後ろ姿を俺は眺めた


「ただ殺意を持て余していただけの人間に手段を与え、本当の殺人犯に仕立て上げてる奴がいる」

「....落ち着いて考えろ。あの時は特殊樹脂だが、今度はプログラムのクラッキングツールだ。全然違う!」

「技術屋と周旋人がまた別なんだ!人を殺したがってる者と、その為の道具を作れる者とを引き合わせている奴がいる。そいつが本当の黒幕だ」

「いい加減にしろ!お前はいるかどうかも分からない、幽霊を追いかけているんだ!」

「佐々山は突き止める寸前まで行った。....あいつの無念を晴らす。その為の三年間だった!」

「.....ふざけるな!」


こいつは何故ここまで.....


「名前の次は、今度は幽霊探しか!それで自分の気を紛らわしているつもりか!」

「....名前には関係無いだろ」

「お前はその言葉を直接名前に言えるのか!?あいつがどれだけお前を気に掛けていると思っている!どこまでその身勝手さで名前を振り回すつもりだ!」

「ギノ、名前はお前の物だ。あいつはお前を大切にし、お前の言う事を聞く。そろそろあいつに"狡噛禁止令"でも出したらどうだ」

「....お前は何故未だに理解できない!あいつはお前が

「名前....?」

「は....?」



唐突にその名を口して一点を見つめた狡噛の視線を追って後ろを振り返ると



「....仕事中じゃないのか....?」



紛れも無くその姿があった



「人事課から資料を届けて来いって....ほらもう皆私が監視官と結婚したの知ってるし.....オフィスに行ったら唐之杜さんが"ちょっとあの二人止めて来てあげて"って」


どうやって入って来たのかと一瞬考えたが、そう言えば名前はここのパスコードを知って


「....どうやって入ったんだ、パスコードは変更したはずだ」

「え....か、変えたんですか....?」


狡噛の言葉に分かりやすく困惑した名前
俺は沸き起こる怒りを抑えた


「いえ....その....開きっぱなしだったので.....」

「....そうか。ちょうどいい。名前、もうここには来ないでくれ」

「なっ、狡噛!」

「俺は昔のようには戻れない」


立ち上がりゆっくり歩みを進めた狡噛は、俺の横を通り過ぎ名前に近付いた

俺は胸騒ぎがしていた





止めなければ、と思った時にはもう遅く




「それでもこの部屋に来るなら、こうなる事を求めて来たと俺は考える」

「っ!」





振り返ると名前は強引に口付けを押し込まれていた





「....狡噛貴様!」




俺は怒りに任せて二人を引き離し、飄々とした態度の男を殴った

以前だったら俺を止めたであろう名前は、力無く床に座り込み、目を見開き大粒の涙を溜めていた




「何を考えている!気が狂ったのか!」

「名前、俺はそういう男だ。嫌ならもう来るな。俺に近付くな」

「黙れ!何をしたのか分かっているのか!」

「あぁ、名前を傷付けた」

「っ!お前!」




もうそれ以上言葉も出なかった





"携帯型心理診断 鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました
ユーザー認証、宜野座伸元監視官、公安局刑事課所属、使用許諾確認
適性ユーザーです"



その指向性音声に、気がつくと俺は目の前の表情を変えない男に照準を向けていた



"犯罪係数オーバー210、刑事課登録執行官、任意執行対象です。セーフティを解除します"



「....撃つのか?」



俺は完全に気が動転していた

引き金に添えられた指が震える



「撃つなら早くしてくれ」



何なんだ...

狡噛はどうしてこうも名前を傷付ける



「....だから言っただろ!お前は必ずまた名前を傷付けると」

「そうだな。だから撃

「やめて!」



そう泣きながら俺の腕にしがみ付いて来た名前に、俺は唇を噛み締めた



「お願い!....それだけはやめて!私は....私は大丈夫だから」

「名前....」

「伸兄、お願いだから....」




その言葉に銃を下ろしかけた俺の注意を引き付けたのは、突然響いた着信音

その相手は唐之杜だった




「....なんだ」

『"なんだ"じゃないわよ。もうちょっと可愛げある返事は出来ないわけ?』

「早く要件を言え」

『はいはい。渋谷区代官山の公園でね、噴水のホロにノイズが入ってたから、業者がそのホロを切ったところ薄気味悪い"銅像"が置かれていたそうよ』

「分かった、今すぐ出動す

『あらちょっと!慎也君にドミネーター向けたの?』


....記録を見たのか


『喧嘩は程々にしておきなさいよ。あと、愛しの奥さんがそっちに行ったはずだから、ドア開けてあげてね』





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