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「やり過ぎですよ!狡噛さん!」
ドローン相手に全力で拳を幾度と無くぶつける
もはやこれくらいしか自身の感情の捌け口が無かった
「うわっ!スパーリング最高レベルに設定してあるじゃないですか!本当に人間ですか?狡噛さん」
「あぁ、それでもパラライザーで撃たれれば気絶する、ただの柔な人間だ」
「うぅ....後で絶対に管財課から怒られますよ」
「ダサ過ぎるんだよ、このシステムが」
俺はケースからタバコを取り出し咥え、ライターで火を付けた
....横にいる背丈がよく似た常守に、名前を重ねてしまう
"またタバコ!吸い過ぎはダメだと言ったじゃないですか!"
"....っ!は、早く何か着てください!"
そんな声がすぐにでも聞こえて来そうな気がした
「....はぁ....」
上へと向かう煙を見つめる
「....狡噛さん、何かあったんですか?」
「そう見えるか?」
「宜野座さんが....狡噛さんを絶対に名前さんに会わせるなって....」
「....だろうな」
名前が会いに来なければ、俺には会いに行く術も無い
悲しくない、辛くないと言えば嘘になる
だが後悔はしていない
....そう思うしかない
公園の噴水裏で見つかった"銅像"は、三年前の事件を彷彿とさせた
"余計な先入観に囚われた刑事を初動捜査に加えるわけにはいかない"としたギノに捜査を外された俺と、その監視を任された常守
宿舎に戻った俺に常守は大人しくついて来た
何度も名前が体重を乗せた事があるソファに常守が座っている
そして実際、確かに少し前まではここに居た
出動要請が入ったギノは、俺が泣かせた名前を部屋から連れ出し、そのままオフィスに戻ったらしい
名前は早退して帰っただろうか
それとも真面目に最後まで仕事をしているのだろうか
あれだけもう耐えられないと突き放した名前の存在を、すでにどうしようもなくこの部屋に見出している
それに加えて俺自身をこの上なく最低な男にしたのが、"これ"だ
部屋のスーツのポケットから取り出し、常守に見られないように引き出しに入れた"指輪"
名前にキスを迫った隙に、その細い指から抜き取った物だ
"もう来るな"と言っておいて、これで名前は再び俺に近付かざるを得ない
そんな状況を作り出す策を思い付いて咄嗟に行動に移した自分に、もはやどんな感情を持てばいいのかも分からない
なんて事をしたんだと思う一方、また会える事に期待してしまう
「....どうしたんですか?」
「....どうしたように見える?」
「嬉しそう....でしょうか」
「....俺は最悪な男だな」
せめて外面は申し訳なさそうに見えて欲しかったんだが
「そんな!狡噛さんは素晴らしい刑事ですよ!私は
「やめてくれ、あまり俺を見誤るな」
「....そ、そんなことは....」
名前もいつだって、そうやって俺を良しとしてくれていた
優しくて紳士的だの、カッコいいだの
そんなのは全て俺を美化した物だ
本当は嫉妬や欲に溺れ、その為に人妻となった女の指輪をも奪った醜い男だ
名前はギノに言わないだろうというのも理解した上での行動
あいつはきっとギノに知られないように、自分で解決しようとする
「佐々山執行官って、どんな人だったんですか?」
「クソ野郎だった」
「え?」
「女好きでね。唐之杜や六合塚なんて何度尻を触られた事か。.....名前にも手を出したがってたな」
「....名前さんも、佐々山執行官をご存知なんですか?」
「あぁ。そこまで交流があったわけじゃないが。一度名前が事件に巻き込まれた事があったんだ。佐々山がいなかったら今名前は墓の中だっただろうな」
「そ、そうだったんですか!?」
....思えば名前にちゃんと触れたのはあの時が初めてだったな
事件が終わったらハグをして欲しいと言った名前と約束をして
名前は純粋だ
今も昔も変わらずに
....それに比べて俺は
「でも本当に良かったですよね!今ではご結婚もされて、とっても幸せそうで。私も羨ましいですよ」
「.....そうだな」
俺はそんな嘘に塗れた肯定を押し流すように、ペットボトルの水を飲み干した