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私はその声にハッとして、横を振り向いた

そこにはタバコと飲み物、サンドイッチなどの軽食を手にした常守さんと狡噛さん


....そうだ
誰も食堂で食べて来るとは言ってない


「狡噛さんに何か用ですか?」

「い、いえ、その.....」


狡噛さんと合ってしまった目を反射的に逸らす


「入りたいんだろ」

「.....」

「常守、少しここで待っててもらえるか」

「え、でも名前さんには会わせるなと....」


....伸兄が言ったのかな


「もう会ってるだろ」

「....まぁ、確かにそうですね」

「ま、待って下さい!常


守さんも一緒に来て欲しい、と願った私の思いはすぐに掻き消された


「少し話をするだけだ。あんたが部屋の前に立っておけば俺はどこへも逃げられはしない」

「狡噛さんがそんな事をするとは思ってませんよ。でも大丈夫ですか....?」

「私、

「名前、"落とし物"だろ?」

「え....は、はい」


狡噛さん見つけたのかな?


「それを渡すだけだ。すぐに終わる」

「っ!」


痛い程に強く掴まれた腕
解錠され開かれたドア


「わ、分かりました。じゃあ私はここで待ってますね」

「ちょっと待っ









そのままその扉の向こうに押し込まれ、バランスを崩しそうになった身体を掴まれていた腕で引き起こされる


「痛っ!」


閉まった扉に音を立てて押しつけられた背中から、全身の痛覚が刺激される


「やめて下さい!」

「俺に力で敵うと思ってるのか?」

「私は指輪を探しに来ただけです!返して下さい!」

「俺は言ったはずだ。ここに来るなら"そういう意味"だと受け取ると」

「嫌っ!やめっ、....っ!」


顔をしっかり掴まれ、唯一できた抗いが絶対に唇を開かない事

どんなに強く押してもびくともしない身体
むしろその反動に、自分の背がより後ろの扉に入って行くような感覚

怖い
嫌だ

....こんなの....

あの時
私が狡噛さんを叩いてしまった時の比じゃない程、私は恐怖に支配されていた

今では叩く勇気も無い
そんな事をすればより乱暴にされそうで


「なっ、これ以上はダメです!本当に

「この壁一枚向こうには常守がいる。あまり声を上げるとあいつがギノに連絡するぞ」

「お、脅しですか!?」

「俺は別に構わないが、お前は困るんじゃないか?愛する妻が指輪は失くし、男の部屋でこんなはだけた姿。ギノがどうするかは想像がつくな」

「.....」


伸兄は私を疑いはしない
でもきっと自らの心を痛めて私を心配する

....そんな、私のせいでそんな思いは


「い、や.....」


外気に晒されていく胸元に私は震えていた
どうしていいか分からない

助けを求めるべき?
私の不注意で指輪を失くしたから起こってる事なのに?

また流れ出す涙
それに対し"大丈夫か"と優しく気に掛けてくれていた狡噛さんはいない


「もう....やめて下さい....指輪、返して下さい....お願いします....」


首元に吹きかかる熱に、私は涙ながら精一杯訴えた


「名前、

「お願いします....お願い、します.....」


私はもう壊れ掛けていた
ありとあらゆる感情に押し潰され、おかしくなって行くのが自分で分かった


「身体を許せば....指輪を返してくれますか....?伸兄を....傷付けないと、約束してくれますか....?」

「.....」

「なんでも....なんでもしますから....それだけは許して、下さい....」

「.....名前、お前は

「お願いします....本当にお願いします....」

『落とし物は見つかりましたかー?』


背後から壁を隔てて聞こえた常守さんの声

溢れて止まらない涙と、正常な思考ができない脳

いっそここで"狡噛さんが怪我をした"とか適当な嘘を言って常守さんに入って来てもらえれば良かったんだと思う

でもさっき言われた"伸兄に連絡される"というのが纏わりついて、そんな事も思い付かなかった


そんな中、私はよりおかしな方向にしか頭が回らなかった


「どうすればいいですか....脱げばいいですか.....?」

「....待て、名前!」


私は自らジャケットを脱ぎ捨て、既に4つ程開かれていたワイシャツの残りのボタンに手をかけた


「落ち着け!」

「....じゃあ私が狡噛さんを....良くすればいいですか?」

「っ!」

「そしたら私の指輪....返してくれますか....」


私はしゃがみ込んで、そのウエスト部分を掴んだ


「私やった事ないですけど....頑張

「分かった!....分かった....返すから、もうやめろ」


そう言って、狡噛さんは座り込む私を置いて部屋の奥へと消えた







『何をしている!』


きっと誰もが緊張をするであろうその怒号に、私は底知れぬ安心感に包まれた


『わ!ぎ、宜野座さん!』

『付きっきりで監視しろと言ったはずだ!』

『えぇっと....名前さんが落とし物を....』

『....今何て言った』

『っ!い、いえ、その....』


私は立ち上がる気力もない体で、最後の力を振り絞って扉の開閉ボタンへ手を伸ばした





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