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「....名前!」

「え!名前さん!」


突然開かれた扉に驚いていると、すぐ足元に横たわっている体
俺はその上半身を急いで抱き起こし、隅々まで"痕跡"が無いか確認した


「....大丈夫....伸兄の声に安心して....一気に緊張が解けて.....」


涙に濡れた顔と、大きく開かれたシャツ以外は正常だった
下着も上下ちゃんと着けている


「....指輪はどうした」

「今、狡噛さんが....ごめん、ちょっと....疲れた....」


そうゆっくりと目を閉じた名前は、そのまま俺の腕に体重をかけた


「....常守監視官、」

「は、はい!」

「君はどう責任を取るつもりだ」

「あ、あの....す、すみませんでした....」


俺はそのまま名前を抱え上げ、奥のソファに降ろした


「君はもう帰れ、あとは俺が処理する」

「しかし、

「ここに居てもらっては迷惑だと言っているんだ!」

「ひっ!....ほ、本当に申し訳ありませんでした!えっと...し、失礼します!」


足早に出て行った常守監視官を責めることは出来ない

俺は眠る名前に羽織っていたレイドジャケットを掛け、奥の部屋へ足を踏み入れた











「....随分な度胸だな、狡噛」


タバコを吹くその男に手を差し出すと、渡されたのは指輪


「あいつはお前が盗ったとは思っていない」

「お前は俺が盗ったと思ってるんだな」

「....サイズはぴったりに作った。そう都合良くお前の部屋で"今日"落とすはずがない」

「....そうか」


俺は受け取った指輪をポケットに入れ、その男の正面に腰を下ろした

ただ虚な目で煙を吐き続ける狡噛

俺はもう感情をあらわにする気力すら無かった


「....名前は」

「眠っている」

「あいつに俺が盗ったと言うのか?」

「それはお前が自分で言うべき事じゃないのか」

「....また俺を名前に近付けるのか」

「また傷付けるのか」


俺の言葉に大きく溜息をついた狡噛は、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けた


「....名前はお前を選んで正解だったな。俺はきっとあいつを幸せには出来ない」

「いい加減に気付け狡噛!名前が何故お前に執着していると思う!あの時間があいつには幸せだったんだ!」

「言っただろ、俺は昔のようには戻れない。名前が期待する俺にはもうなれない」

「何故だ!愛する人の為に多少自分を押し殺す事がそんなに難しいか!それともお前は、あいつに対してそんな劣情しか無いと言うのか!」

「俺はお前程制御が上手く無いんだよ。だから制御される側の犬になったんだろうな。.....あんなに傷付けたくないと思っていたのにな、今では傷付けてでもお前から奪いたいと思ってる」

「.....」

「だがどうだ。名前の頭の中はお前だけだ、ギノ。俺の事なんか考えちゃいない」

「昼間、お前を撃とうとした俺を止めたのを見なかったのか!」

「あれだってお前の為じゃないか?いくら相手は執行官と言え、正当な理由無しに発砲したんじゃ多少はお咎めを喰らうだろうさ」

「....お前は何も分かっていない」

「さっきだってそうだ。俺に犯されそうになってあいつはどうしたと思う?」


その単語だけで頭に来たが、俺は拳に力を込める事で必死に感情を逃した


「最初こそ抵抗していたがな。指輪も失くし男に迫られている状況をお前に知られたくないと、自ら身体を差し出そうとしたんだよ。なんでもするから指輪を返して欲しい、お前を傷付けないで欲しいとな」


....あいつはどこまで無茶をするんだ
これじゃどこにも安心して置いておけない


「挙げ句の果てに名前は、俺に"奉仕"までしようとした」

「なっ!」

「心配するな、さすがに止めた。そこまで追い込んでしまったのは俺なんだろうが、その様子に俺もまずいと思った」


俺は思わず頭を抱えた
そんな事、しようとした事すら無い名前だ
もはやそういった行為が存在すると知っていた事にも驚きだが、それ程追い詰められて恐怖に覆われていたんだろう

そんな思いをさせた狡噛を俺は許せなかった
だがどうすることも出来ない

名前は狡噛を失う事を望んでいない

ここまでされてもあいつはきっと、自分のせいだと、狡噛は悪く無いと言う


「名前はやった事がないと言っていたが、お前も

「黙れ」

「.....はぁ.....もう分かっただろ。あいつを俺に近付けるな。次は絶対に襲うと言っておけ」


俺はどうしていいか分からず、ソファを立ち上がった


「.....今回の事件、使われた薬剤が3年前のものと同一だと判明した」

「俺は捜査を外されたんじゃなかったのか?」

「どうせ唐之杜から捜査資料を見せてもらうだろ。もう"勝手な行動"だけはするな」





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