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「あ!やっぱり事件の情報!唐之杜さんの仕業ですね!」


三日前、私は狡噛さんなら大丈夫だろうと、
確かに夫である宜野座さんに"絶対に会わせるな"と言われたけど、
狡噛さんが名前さんに感情を持っているのも知っていたけど、
まさか危害を加えるわけが無いとその場の流れに押されてしまった

だからこそ私は、宜野座さんと共に見た光景に唖然とした

ぐったりと床に横たわり、頬にはくっきりと涙の後



「どう思う?あんたも目を通してはいるんだろ?」


私はそんな狡噛さんに、何があったのかと聞けずにいた
....どうも聞いちゃいけない気がして


「どうって言われても....薬剤の分析結果からも、3年前の事件と同一犯の可能性が高まったとしか....」

「俺は全く逆の感想を抱いた」

「逆....?」


再びタバコを吸い始めた狡噛さんの煙に、少しむせる


「あぁ、3年前の事件だと....例えばこいつだ」


そう言って渡されたのは、公安局広域重要指定事件102における被害者の一人、衆議院議員橋田良二についての資料だった

その人となりや殺され方を語る狡噛さんは、何一つ変わった様子は無い

もしかして、名前さんを襲ったんじゃないかと言うのは私の思い過ごし?


「佐々山の殺され方もそうだが、あの時の犯人は、殺し方や死体の飾り方に何らかの意味合いを持たせようとしている節があった」


椅子から立ち上がった狡噛さんの背中を見つめる


「被害者は4人。死体が発見された場所は、ホログラフイルミネーションの裏側、高級料亭、動物園、アイドルがライブ用に組んだステージの真上。しかし今回は2件続けて公園だ」


....そう言われてみれば確かに....
標本事件と酷似するからこそ、類似点ばかり見えていた


「....舞台設定に芸がない」

「....芸って...?」

「今回の2件からは、歪んだユーモアもメッセージ性も感じられない。美しく悪魔的で芸術作品のようだが、何かが致命的に欠けている」

「何かとは...?」

「....オリジナリティー」

「オリジナリティー....ですか」

「こんな手間をかけた殺しなのに、犯人の主張が薄い。少なくとも俺には感じられない」


犯人の主張....
そんな事微塵も考えていなかった私にとって、狡噛さんの口から出た言葉は全て、とても興味深い物だった


「知能が高く、シビュラ判定では高収入の職業を割り当てられている。しかしかなり若い、もしくは精神年齢が低い人物。死体を性的に侮辱する要素の少ない事から、幼児期の虐待は受けていないと推測出来る」

「....それは?」

「プロファイリングもどき」


そう語った狡噛さんはタバコを灰皿に押しつけ、私に向き直った


「監視官、外出許可を申請する」

「え、それって私が同伴しないと....」

「だからついて来いと言ってるんだ」


私は思わず嬉しくなった
たった今見せられた驚くべき推理への好奇心や、信頼し認められた感じがして





「....あ、すみません」

オフィスを後にしようとした私たちの足を止めたのは、私のデバイスの着信音だった


そこに表示された名前は名前さん
....そういえばちゃんと謝らなきゃ....


「はい、常守です」

『あ、お、お仕事中すみません....今大丈夫ですか?』

「大丈夫ですよ、どうしましたか?」

『今日良かったら....その....食事でもと....』


私と名前さんの通話に背を向ける狡噛さん
以前だったらきっと気に掛けていたのに....


『公安局の食堂でいいですよ!私が奢りますから!』

「いえそんな!7時くらいでどうですか?」

『はい!ありがとうございます』





通話を終えた私は、それを合図に歩き出した背中を追いかけた


「こ、狡噛さん!」

「なんだ」

「....いいんですか?」

「もう忘れたのか?ギノにキツく命令されただろ」

「そ、そうですけど....」


なんとなく、本当にそれでいいのかという思いはあった
だって少し前まではあんなに普通に会話してたのに....

あの夜から名前さんは、やけに緊張したような面持ちで狡噛さんに挨拶をしてる

それに対してただ短く"あぁ"と答えたりしているだけの狡噛さん


「宜野座さんが、名前さんの色相がまた濁り始めてるって言ってましたよ」


そんなハッタリをかけて見たところ、狡噛さんは深く息を吐いて


「.....そうか」


とだけ答えた


「え、それだけですか?心配じゃないんですか?」

「俺とは関係ないだろ。何故俺があいつの心配をしなきゃいけない」

「そ、そんな....」

「早く行くぞ、車を出してくれ」





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