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マキシマは存在した

....あいつの妄想じゃなかった

そんなとてもじゃないが信じられない事実が俺に重くのしかかった


名前に冷たく当たり、己の感情をコントロールすら出来ない男に一杯食わされたような感覚を、俺はどうも簡単には飲み込めなかった


「名前、そろそろ起きろ」

「んー....」


名前はそれでも狡噛に、嫌な顔せず出来る限りの善をなしている

だが狡噛はそれをことごとく仇で返した

さすがに見ていられないと、もう一度狡噛を呼び出し話をしたが、あいつは既にマキシマの事で頭が詰まっていた


「ギュってして」


そう布団から二本の腕を伸ばした名前を、俺は抱き起こした

唯一幸いなのは、シビュラによる名前の精神状態は無事だという事だ
名前にとっては俺が、一種の精神安定剤になっているのだろう

そんな俺は反対に、狡噛に傷付けられていく名前に心が安らぐ訳がなかった

何を言っても狡噛は聞かない
その上これからあいつは、より名前から離れて行くかもしれない

あいつが三年間も探し続けた、自分が潜在犯に落ちた原因となった男をようやく掠めたのだ
それにのめり込むのはほぼ間違いない


「今日さ、常守さんと外出するんでしょ?狡噛さん」

「....あぁ」


どこに行くのかまでは詳しく見てないが、狡噛が申請した外出許可は確かに見た

一時期は、"まだ見ぬ新人監視官"に狡噛が目移りするんじゃないかと気にしていた名前だ
さすがにもう、狡噛から異性として好意を持たれる事を望んでいない名前だが.....


「私ね、常守さんに聞いたの。....どうやって狡噛さんと会話してるのかって....」


俺の腕の中で、ネクタイピンを弄りながら紡がれた言葉


「まだ出会って1ヶ月半くらいでしょ?....なのにもう私より....。分かんなくなっちゃった、....狡噛さんとどう接してたのか」

「名前、....もうやめろ」


ネクタイを離した名前は、そのまま俺を抱き締め返した


「....何があろうと俺がお前を愛している、だから心配するな」

「.....」

「....どうした」


腕の力を強められ、その顔を上げさせようとしてもぴったりと剥がれない距離にそれが叶わない


「名前、

「ずるい」

「.....なんの話だ」

「伸兄、普段全然そういう事言ってくれないじゃん」


そこでふと耳が赤くなっている事に気づく

....全く....

そして突然顔を上げた名前は、焦ったような表情


「もしかして.....私逆に言い過ぎて、価値薄れちゃってる?私の言葉に感情を感じられない?」

「そんな事は

「私も本当に愛してる!絶対負けない!絶対私の方が伸兄より



そう必死に縋るように愛を語る姿を、誰が愛せずにいられる

....出勤前に見るべきものじゃないな
離せなくなる
離れられなくなる

強く触れるだけの口付けを、"ここまでだ"と自分に言い聞かせ引き離す



「.....残念だが俺の方が勝っている。悔しければむしろ価値が上がる程言ってみたらどうだ」

「....もう!」

「そろそろ行く。お前もあまり考え込み過ぎるな、いいな?」

「....うん。行ってらっしゃい」
































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「....狡噛さんはどう思います?サイボーグ化の不老不死って」


雑賀先生の元へ向かう車内で流されている、厚生省の推薦ニュース


「興味無いな」


私服の常守は、意外と女らしい


「....実は、名前さんに相談を受けました」


唐突に話題に上がったその名前に、どうしても心が反応してしまう
俺は可能な限り表情を変えない事に努めた


「狡噛さんには言わないで欲しいって言われたんですけど....」

「約束を破るのか?」

「....どうしたら狡噛さんと会話が出来るのか、どうしたら私みたいに仲良く出来るのかと聞かれました」

「あいつの目には、俺達は仲が良いと映ってるんだな」


そう口では言っておきながら、あの名前が"嫉妬してくれてるのか?"と勝手に喜んでしまう


「....宜野座さんは名前さんの為を思って狡噛さんを近付けたくないんでしょうけど、私には名前さんは、狡噛さんに近付きたいように見えます。だから私は狡噛さんを

「あいつの話はもうやめてくれないか」

「....え、ど、どうしてですか?」




俺は一度大きく空気を吸い、そして盛大に嘘を吐いた




「あんたは嫌いな人間の話を聞きたいのか?」





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