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征陸さんに諭されてやって来た休憩室

宜野座さんが言った事は間違っているわけじゃない
でもやっぱり言い方って物があると思う

それに前からそうだけど、潜在犯や執行官に対してあまりにも....


そう思っていた私だからこそ、征陸さんの言葉には驚きだった



「....宜野座監視官はな、父親が潜在犯なんだ」

「え...?」


"両親を失った"って....
てっきりお亡くなりになったのかと思ってた


「あいつの子供時代ってのは、まだシビュラ判定が実用化されて間もない頃でな....世間では潜在犯に対する過剰な誤解やデマが横行していた。」


確か私の8つ上だから、ちょうど私が生まれた頃くらいかな


「親兄弟から犯罪係数が計測されたというだけで、その家族までもが同類の扱いを受けた。.....さぞや辛い思いをした事だろうさ」


そう語る征陸さんは....もしかして....
そこで、以前に"地雷を踏んだ"と言われた事を思い出す

でも自らそうとは言わない征陸さんと、そんな関係性を一切見せない宜野座さんからして、言葉にはするべきじゃないと感じた

それにしても酷い
仕方なかったのかもしれないけど、家族に潜在犯が居るからってだけでだなんて


「....もしかして名前さんも同じ経験をされたんですか?」

「まぁ、そうだな。だが、名前の両親はシビュラシステムが普及する前に自害した。あいつは自分の親の顔すら覚えてない。それからしばらくは親戚の家にいたんだがそこで虐待されてな。....あまりに可哀想だったから宜野座監視官の父親が引き取ったんだ」

「そ、そうだったんですか....」


もしかして宜野座さんは、そういう背景があって潜在犯である狡噛さんを名前さんに近づけたくないのかな


「....でも同じ経験をされた割には、名前さんはそこまで潜在犯を軽蔑してるようには....」


そう聞くと、征陸さんはふっと柔らかく笑った


「伸元の父親は誇らしいだろうな、あんなに立派な息子だ」


































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狡噛さんと常守さんの外出先は、伸兄によると過去に受講生の犯罪係数を上げた元心理学の教授の自宅

....そんな危ない事どうして

万が一の事があったら大変なのに....


「どうなの?イケメン監視官のお兄ちゃんとのマリッジライフは!」

「もう....皮肉にしか聞こえないからやめて....」


そう話しかけて来たのは隣のデスクのなっちゃん
伸兄の事が好きで告白までした子


「私は振られてるんだよ?それに名前、あんなに"そんな関係じゃない!"って言ってたじゃん」

「....ごめん」

「責めてないってば!純粋に友達として気になるのよ、ちゃんと一緒に寝てる?」

「まぁ....うん....」

「おはようとおやすみのチューは?」

「そ、そんな事聞かないでよ...!」

「....してるんだ!いいなぁ」


実際してるのかと聞かれれば、してない....かもしれない
別にそんな挨拶の意味は込めてないし、いつするのかとかルールは無いし


「.....あ」

「あ?」


そう急に一点を見つめたなっちゃんの視線を、私も不思議に思って辿る


.....その先には


「あ....」

「早く行って来なよ名前」


人事課オフィス前の廊下に元気が無さそうな姿

急いでデバイスを確認すると、"今出て来れるか"とのメッセージ

仕事中に来る事は無い伸兄だから、何かあったのかと一気に心配になり私はそそくさと立ち上がった











「どうしたの?」

「会いたくなった」

「.....え?」


私は自分の耳を疑った
....聞き間違い?


「何度も言わせるな。ちょっと来い」

「な、え、どこ行くの?」


私の手首を掴んで歩みを進める力に、抗う事も思い付かない

ただ為されるがまま付いていくと、エレベーターに乗せられ辿り着いたのは執行官宿舎フロアの50F




「....ここ誰の部屋?」

「使われていない空き部屋だ」


その扉を監視官権限で開くと、他の部屋と全く同じレイアウトのリビング





「....なんでここ、っわ!」


先に足を踏み入れていた私を突然後ろから包んだ体温と力は、やっぱり私に暖かな安心感を与えてくれる


「....15分くらいは問題無いな」

「うん、まぁ....人事課が刑事課監視官様に頭上がるわけないし」


耳元に深いため息が吹きかかる
....よっぽど弱ってるみたいだけど、伸兄が仕事でミスするとは思えないし.....


「....どうしたの?禾生局長に怒られた?」

「怒られるとしたら俺じゃなく縢だ」


腹部あたりで絡まる腕を軽く叩くと、少し弱められた力

向かい合うように体を回転させると、再び隙間なく密着し擦れ合う互いのスーツ

私はその顔に手を伸ばし、眼鏡を外して胸ポケットに挿してから、両手で元気の無い表情を包んだ


「....何があったの?心配だから教えて」

「....あいつは何も分かっていない」

「"あいつ"って?」

「新人監視官の常守だ。潜在犯の恐ろしさを全く理解していない」

「....もしかして常守さんにキツイ事言っちゃった?」

「.....」


仕方ないと言えば仕方ない事だ
伸兄はちゃんと理由があって潜在犯を特別嫌悪している
そこに伸兄の非は無い

でもそれを異常視する人はどうしてもいる
私達にどんな過去があったのかも知らずに


「大丈夫だよ、常守さんも伸兄に悪気は無いってきっと分かってるから」

「....俺にはお前しか居ない」


そう腕の力を強めた伸兄が、私も愛しくて

かかとで体を押し上げて慰めのキスをした


「名前....愛してる」





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