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初めて大好きな人の逞しい腕で目覚めるまだ暗く、太陽も登っていない早朝

こんなにも幸せな事は無い



....はずなのに、嫌な予感がする



そっとその腕を抜け出して元々着ていたスーツを着て、簡易色相チェッカーを探すも、カバンは伸兄に持って帰ってもらった事を思い出す



デバイスを見るも、最後の履歴はあの“分かった”というたった4文字の言葉だけ


そしてその4文字に込められていたものは“了承”なんかじゃない事は私には明白だった

怒りだ



あれからメッセージも着信も無い





.....やってしまった





昨日伸兄は元々不機嫌だった

どうやら秀君達に仕事を増やされ、パーティーも除け者にされ、それでも私に“せっかくだから行きたいなら行け”と言ってくれた

どう考えても不本意なはずの提案を、断ってしまう方が申し訳ないと思って秀君の部屋に戻ったけど、その結末がこれだ


その優しさを仇で返してしまった



意地でも、せめて22時の段階で帰るべきだった

いくらあの了承のメッセージがあったとしても、こうして狡噛さんと寝るべきじゃなかった


嬉しくなかったのかと言われればそんな事は無い

好きな人に、“自分を見て欲しい”と強く抱かれるのは、誰がどう言おうと喜ばしいもの

こんなにも愛してくれる
こんなにも愛されてる

当たり前のように私は満たされた




安らかに眠るその表情ですら私の胸を高鳴らせる

その下に続く鍛え上げられた身体に恍惚とする

それに少し前まで激しく擁かれていたのだと思うと、どうも現実味が無い感じがした



高校時代常に学年1位で、皆の注目の的だった存在
そんな狡噛さんと私がこんな事になるなんて、当時の誰が予想できただろう



私はそっとその頬を自分の唇で触れた

帰るお詫びの意を込めて








































公安局ビル前でタクシーを捕まえ帰路に着く


静かに静かに玄関のドアを開け、そのまま浴室に向かった


衣服を脱ぎ捨てその中に足を踏み入れ、温水を頭から被る





はぁ....どうしよう





伸兄の犯罪係数50超え

監視官は10年勤め上げると厚生省の官僚ポストが待っている
しかしそれにはもう二つ条件がある
色相がクリアである事と、犯罪係数が50ポイント以下である事

つまり、よっぽどの事がない限り伸兄は...

向島先生は、伸兄にパートナー適性を受けさせたらどうかと私に提案した

....正直シビュラが、伸兄にどんな相手を紹介するのかすごい気になりはする

....でもそんなの伸兄は望んでないはず





それから、狡噛さんからのプロポーズ

いくら“今はまだこのままでいい”とか、“返事はいつまでも待つ”とか言われても、あまり長く待たせるわけにもいかない

曖昧な関係を続けるのは狡噛さん本人にも悪い

出来るだけ早めに決めたいけど、同時に絶対に後悔もしたくない



....狡噛さんにした質問


もし私が全てを失って絶望し、自ら命を断とうとしたらどうするか

そして、どうしても私が聞かなかったらどうするか


あれには私の中では明確な期待する答えがあった

狡噛さんの答えが嫌いな訳じゃない

ただ....私が欲しかったものとは違ったから



....伸兄だったら

私と似た思考回路を時々持つ伸兄なら、分かってくれるのかな










シャワーを止めて洗面所に出る

ドライヤーをして伸兄を起こしてしまったらいけないと、とりあえず服だけ着替えて部屋を出



「うわっ!」




ようとドアを開くと、鼻をその胸にぶつけた




「....あれ、起きたの....?」



正直、ちょっと気不味い



「もう6時だぞ、当たり前だ」

「そっ、そっか.....って、え」



私を数秒見つめるなり、監視官デバイスで私をスキャンした伸兄



「.....77、何故昨日から3ポイント上がっている」



そう言えば私も嫌な予感に、色相チェッカーで確認しようと思っていた



「大好きな狡噛と一晩を過ごして何故サイコパスが悪化する」

「っ....狡噛さんって分かってたの....?」

「あんなメッセージをお前が送ってくるとは思えない」


狡噛さんが私のデバイスで、私を装って送ったメッセージ


「....怒ってる....?」

「怒っていないように見えるのか」

「....ご、ごめん....」

「何度も言うが俺は監視官だ。権限を使い介入する事は容易い。それを今まで一度もして来なかった意味を今一度良く考えろ」

「.....」

「....それで、何があった。何故悪化している」

「....別に....特には.....」

「あいつに強制されたか」

「そんな事ない!それは無い!」


むしろその時は、私の精神状態に変化は無かった


「....名前、俺は本気で心配しているんだ。77など一歩でも間違える事が許されない数字なんだぞ。これ以上の悪化は絶対に見過ごせない」

「.....伸兄だって!52だよ?....どうす

「自分の心配をしろと言ったはずだ、俺の事は構うな」

「そんな、無理だよ!何かあったら私どうするの!?」

「だからこそ自分の心配をしろと言っているんだ!お前が濁っている状態で俺がクリアになる訳無いだろ!名前、俺達が互いにどれほど影響し合っているのか分からないのか!」

「っ.....じゃあ、やっぱり私のせいなの....?私が伸兄を濁らせてるの....?」

「なっ、そうとは言ってないだろ!....はぁ....とにかく!お前は自分のサイコパスの改善に全力で取り組め。もし何か必要なら何でも言え。いいな」

「.....分かった」




とは言うものの、どうすればいいのか全く分からない

まさかまた悪化しているなんて

....まずはやっぱりお母さんはもう居ないという事を受け入れるしかないのかな....





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