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「あれ?名前ちゃんじゃん!どうしたの?」

「クリスマスだから、ケーキ作ったの」


オフィスで待ってる間に予め切り分けておいたショートケーキを、続々と戻ってきた刑事課一係に渡す

その中で狡噛さんと常守さんの姿が無い

まだ怒ってるのか少し不機嫌そうにパンをかじる伸兄に聞くと、医務室に居るとの事


「え、もしかしてまた撃たれたの?」

「違う、事件の捜査で負傷した」


狡噛さんが負傷するなんて....
よっぽど危険な現場だったのかな
でも伸兄も他の人も見る限り無傷だし....


「...分かった、じゃあ

「ダメだ」


そう立ち去ろうとした私を圧で制した言葉


「これ以上お前が傷付く姿は見ていられない。どうしてもと言うなら俺が渡しに行く」

「....でも....」

「名前、....もう諦めろ、あいつは戻らない」


....本当に...?
本当にあの日々はもうどこにも無いの?

あれだけ酷くされておいても、まだどうしても突き放せない
それはきっと紳士的で優しい人だと知ってるから

特別な事はしてない
ただ皆と同じように接してるだけ
それくらいは礼儀だとも思うし....


「....唐之杜さんにも渡しに行くだけから」

「....はぁ....一緒に行く」















「あら、ご夫婦揃って仲良く登場?」

「あ、あの、花束とメッセージありがとうございました!」


そう言えばあれからまだここには来てなかった
私はフォークと共にケーキを渡した


「あぁ!私もちょうどセクシーなランジェリーでも贈ろうと思ってたしね」

「なっ、え!?せ、セクシーな....え!」

「名前ちゃん顔真っ赤!可愛い!旦那様は着て欲しいでしょ?」

「常守は狡噛と一緒か」

「無視は肯定と受け取るわよ?」

「否定する価値も無いと言う事だ」


は、恥ずかしい....
誘惑....するための物だよね?
絶対着れないよ....
....でもやっぱり男性ってそういうの好きなのかな?


「....何を考えている」

「えっ、あ、いや....き、着て欲しい....?」

「アハハ!私のお古で良ければあげるわよ?」

「断る」

「そんなの無くても欲情す

「医務室に行かせてもらうぞ」


唐之杜さんの言葉を遮り歩き出した背中を慌てて追いかける

箱に入れたケーキを崩さないように気を付けながら











廊下を進むと少しずつ聞こえて来た声に歩幅を狭める


『泣くな、あんたのせいじゃない』

『でも私....私、友人を....見殺しに....』


嗚咽混じりに言葉を紡いでいるのは常守さんの声
友人を見殺しにって....何があったの?

でも私はそんな事より、"泣くな"と宥める優しい声に息が苦しくなった

私にはもう....
....もしかして本当に常守さんを好きになったのかな

私の様子に気付いたのか、伸兄もその扉を開けようとしない


『目の前で....ゆきが....槙島に....槙島聖護に....』

『....本当にドミネーターが作動しなかったのか?』

『はい...ゆきに危害を加えている間も、上がるどころか....』

『犯罪係数....0か』




「ま、槙島ってもしかして標本事件の....?」

「....まだ分からない、お前が気にする事じゃない」


そう言って差し出された手に少し迷ったが、やっぱり私には無理だと仕方なくケーキの箱を渡した

そのまま医務室に入っていった伸兄は本当に良く私の心情が分かるものだ


聞こえて来た狡噛さんと常守さんの会話に、私は怖気付いてしまった

あの空気に入って行ってまた突き放されたら、私は....

....耐えられるはずがない



『ぎ、宜野座さん...』

『何の用だ?』

『差し入れだ』

『あ、ケーキですか。そういえば今日はクリスマスイブですもんね』

『....名前からか、俺は受け取らないと言ったはずだろ』

『どうするかはお前の自由だがよく考えて行動しろ』

『名前さんに美味しかったですとお伝え下さい』



















それからしばらく伸兄は事件後の処理に戻り、その間私は車で待った


....狡噛さん、食べてくれたかな

....捨てられちゃったかな....


そんな答えを得られない問いを永遠と考えては溜息が出る


このままもう二度と狡噛さんと他愛も無い話を出来ないのかな
一緒に休憩室に行ったり、仕事の相談とか

もう何も....出来ないのかな....

そんなの....嫌だよ





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