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ギノが置いて行ったケーキは、いかにも手作りな物だった

....名前が自ら作った物

常守が目の前で"本当に美味しいですよ"と頬張る中、俺は意地を張っていた


俺が実際食べたかどうかなど名前に知られる事はない
だがこっ酷く突き放し、何も受け取らないと言った以上どうしても手を付けられないでいた

ベッド脇のテーブルに置かれた、綺麗に三角形にカットされたケーキ
その上に乗った形の良い赤い苺
それを俺は出来るだけ見ないようにした



「槙島は、"人は自らの意思に基いて行動した時のみ価値を持つ"と、"人の魂の輝き見たい、それが本当に尊い物だと確かめたい"と言ってました」


そう語る常守はまだ沈んでいる

目の前で友人が殺されたんだ、刑事である自分の目の前で

無理は無い


俺でもあの時は今の常守のようになりかけた

まだ監視官だった頃に名前が事件に巻き込まれ、佐々山が奇跡的な救済を成し遂げた件

首元から鮮血を溢れさせ急激に顔色が悪くなっていく様子に、俺は自分の無力さを痛覚した

もし佐々山が居なかったらと考えると恐ろしいが、その場合は刑事すらやめていたかもしれない

当時は自分の感情に気付いてはいなかったものの、大切な人には変わりない

"それを守れずして何が刑事だ"とさじを投げていた事だろう


そう思えば思う程、やっと掴んだ槙島の尾を絶対離しはしないと心に誓う



「すみません....大怪我を負われているのに、休みたいですよね」


上着を羽織り立ち上がった常守は、扉の前で急に振り返った


「....そういえば狡噛さん、私も今では雑賀先生の教え子ですよ?」

「....何が言いたい?」

「嘘、バレバレですよ。本当は名前さんに近付きたいんですよね?」

「....はぁ....俺をプロファイリングするな」

「あんまり離れてると本当に戻れなくなっちゃいますよ。それとケーキ、誰も食べちゃいけないって言ってませんからね。じゃあお休みなさい」





一人になった室内で俺は大きく息を吐いた

全くあいつは....雑賀先生を紹介するべきじゃなかったな


ケーキのプレートに手を伸ばし、少し引き寄せる


俺はつまみ上げたフォークを、そのよく熟れた苺に突き刺した



























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仕事を終え車に戻ると、窓に寄りかかる繊細な寝顔

だがその頬には乾いた涙の後

それがまた俺の心を乱す


名前のサイコパスこそ無事だが、俺はここしばらく少しずつだが段階的に悪化して来ている

槙島の存在
それに対する狡噛の執念
新人監視官への責任感

そして何より名前だ

ただ愛し支えてやる事しかできない
狡噛との問題の根本を解決してやれない

確かに多くの時間は普通に笑い、俺を求めて来る
それに俺も充分な幸福を感じている
だがそれでも仕事の責務や狡噛は避けては通れない

いくら精神状態に問題は無いとはいえ、名前が苦しみ悲しむ姿は俺に大きな影響をもたらす


俺はスーツのジャケットを脱ぎその体に掛けた


車を出し自宅へ向かう








ドミネーターで捌けなかったという槙島

....意味が分からない

ドミネーターの誤作動か故障だろうか

明日から徹底的な現場検証と、常守が使用したドミネーターを調べる必要がある




















「....なんだこれは....」


眠る名前を起こさないように抱えて帰宅した俺が目にしたのはサンタクロースの格好をしたダイム

ダイニングテーブルの上には征陸から貰ったワインとグラスが2つ

そしてリボンのラッピングが施された小さな箱


俺はとりあえず名前を自室のベッドに下ろし、その手から自らのジャケットを引き抜こうとした



....がなかなか離そうとしない
大事そうに両手で握り締め、その力は意外と強い



そこで俺は気付き確信した


ベッド脇に片膝を乗せ体重をかけるとやや沈みかけるマットレス
背を曲げ呼吸が交わる程に顔を近付ければ、少し強張った表情
それに思わずふっと笑いが溢れてしまう




「それで騙しているつもりか」


明らかな身体的反応は見せているのに、一向に目も口も開こうとしない

どうやら唐之杜が余計な物を贈ろうとしていたが、その方が名前らしく無く反応に困っただろう

このままで充分だ


「.....っ!」


優しく触れる様に落とした口付けに、勢い良く開かれた瞳と視線が絡まる


「....ね、寝てる相手襲うなんて酷いよ!」

「寝ていないだろ。それに襲ってもいない」


だが自宅に着くまでは本当に眠っていたのだろう
助手席から抱え上げた時は、意識の無い人間の重みだった


「....せっかく驚かせようとしてたのに!」

「通話に出なかった方がよっぽど効果はあった。早く着替えろ」





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