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「もう休み終わっちゃったよ....」
「何で休みってあんなに速いんだろうね....」
そんな未だ夢現な雰囲気の人事課で、私は悶々としていた
昨日、伸兄は普段出勤するような時間に帰って来て、"早く寝ろと言っただろ"とそのまま私を自室に連れ込んで、眠ってしまった
スーツも着替えず、布団の中にも入らず、それだけ疲れていたのかすぐに伝わって来た寝息
抱き締められたままの私も、それをどかす事も出来ない上に自分も一睡もしてなかったから徐々に堕ちる様に意識を失った
そして目が覚めた時には、いつの間にかまた居なくなっていて、夢でも見ていたのかと思った程だ
でもちゃんとシャワーを浴びて着替えた形跡があったから少し安心し、私は連休最終日をそれまで通り家でダイムとのんびりして過ごした
朝じっくり寝てしまった為になかなか眠くならなくて、映画でも見ようかとブラウジングしてたところで、聞こえて来た玄関のドアが開いた音
それで"あぁ午後の勤務だったんだ"と納得したけど、帰宅した伸兄はやけに元気が無い様子だった
朝帰って来た時もそうだったから、睡眠時間足りずにまた勤務をして疲れてるんじゃないかと思い、"もう寝る?"と提案したら、いきなり深く口付けをされ"したい"と言われた
とてもそんな気力がある様には見えなかったし、次の日も仕事なんだから休んだ方がいい、と私は心配してみた
それでも半ば強引に求められ、これ以上無い程に私の全てを理解している伸兄にはやっぱり敵う訳もなく、的確に煽られれば煽られる程に私は情に飲み込まれて行った
私を気遣うように優しくもあり、強く愛を伝え込むように激しくもあり
そんな余裕の無いひと時が終わると、伸兄は小さく"すまない"と謝り出した
私が嫌だったわけが無いのは絶対分かってるはずなのに、どうして謝るのかが分からなかった
理由を聞いても教えてくれなくて、その内眠く無かった私も心地の良い体温に包まれて目をゆっくり閉じた
今朝起きてからもどこか不自然というか
"身の回りには気を付けろ"とか、
"もし何かあったらすぐに言え"とか、
"仕事はきちんとしろ"とか
何をそこまで気しているのかが分からずじまいだった
その前日の涙ぐんだ声もそうだけど、私はそれに底知れぬ不安を感じていた
「連休中、名前は存分に愛する旦那様とイチャイチャ出来たのかな?」
「え、わ、私の話はいいよ!」
「幸せになってるのは名前だけなんだから、少しくらいお裾分けしなさいよ!」
「....と、特に何も無いってば!」
今は昼休憩で、いつもの如く食堂で同僚と昼食を取っている
皆休み中にどこに出掛けたとか、何を買ったとか、誰に会ったとか
そんな近況報告のような事を互いにしていた
中には例の合コンから実は連絡を取り合っていて、デートに行ったと暴露した人もいれば、実家に帰ったと比較的ありきたりな日々を過ごした人も
でも私は本当に何もしてないし、"唯一の既婚者"に向けられた期待と羨望の眼差しに全く応えられない
「あれ、刑事課って休みじゃないんだっけ?」
「いつ事件が起こるか分からないからね....」
いくら夫が監視官でも、事件の情報は基本教えてくれない
標本事件だって、狡噛さんの部屋で資料を見るまではよく知らなかった
ただそう呼ばれていて厄介そうな事件で、佐々山さんが殉職したとしか
あの時扉越しに聞こえた常守さんの声
目の前で友人を失い、"槙島"にドミネーターが作動しなかったと
それが実際詳しくどんな事件なのかは分からない
でもその"槙島"が、狡噛さんの部屋で見た"マキシマ"と同一人物なら
....狡噛さんはついに佐々山さんの仇を取れる
「そういえば式挙げないの?」
「そうだよ!招待されるの待ってるんだけど?」
「あ、式は挙げない事にしたから....」
「え!?何で!?」
私も最初は挙げたい、というか挙げる物だと思っていた
でも確かに伸兄の言う通り必要無いし、何より監視官という職が自由が効かない
挙式や披露宴なんて、"明日休めるから明日やりたい"と出来る訳がないし、何ヶ月も前から日時場所を決めて準備しなきゃいけない
それが勤務がイレギュラーな監視官には難しい話だった
あと2ヶ月くらいかな、衣装が完成するの
「えー、宜野座さんの婚礼衣装姿期待してたのになぁ....」
「絶対似合うよ!私も見てみたかった....」
言いたい事は分かるけど、何となく"それを妻である私の前で言うかな"と苦笑いしてしまう
そういう意味は無いんだろうけど、夫が狙われでもしているかのようだ
....それ程私も独り占めしたいのかもしれない