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「はい、確かについ先日いらっしゃいましたよ」


退勤後、私は伸兄に"同僚と少しお茶をして来る"と偽りの連絡を入れて、向島先生のところに来ている

本人が何も教えてくれないし、様子がおかしい事への不安を理解する為に


「も、もしかしてサイコパス悪化してますか....?」

「....本来守秘義務がありますが、あなたと宜野座さんのご関係はよく分かっていま....おや、ご結婚されたんですか?」

「あ、は、はい....」

「先日宜野座さんがいらっしゃった時にも、指輪に気付き御祝福させて頂いたんですが、まさかお相手が名字さんとは!....いえ、今では同じく"宜野座さん"ですか、よく見るとカルテの名字も変更されていますね。これは失礼しました」


そんな向島先生には、潜在犯との結婚についてアドバイスを貰った以来だ
....それを一言も持ち出さないのはやっぱり気を遣ってくれてるのかな


「改めて本当におめでとうございます」

「ありがとうございます」

「では、ご主人のサイコパスについてですが確かに悪化されています。少し前より若干数値の上昇は見られていたのですが、先日いらした際は一気に7ポイントも....これ以上は報告義務が生じるとお話しさせて頂きました」

「そ、そうですか....」

そんな、元々上昇してた事すら知らなかった
どうして教えてくれなかったの?心配かけたく無いから?
それに今は報告義務が生じるレベルだなんて、一体何が....


「あなたがここに居るという事は、ご主人は私のアドバイスを聞いてくださらなかったようですね」

「え...?どういう事ですか?」

「"せっかくご結婚されたのですから、パートナーに相談されてみてはいかがですか"と、どんなヒーリング装置よりも効果的な方法だとお伝えしました。ですが相談は受けていないとお見受けします」

「....確かに何も聞いてません」


私に言えないような事なのかな?
仕事の話?
犯罪係数をそこまで上げるような事を、抱え込んでるの?


「そうですか....私も強制することは出来ませんし、せいぜいセラピーを施したりする事しか....あなたも気を付けた方が良さそうですよ。犯罪係数も40を超え50に近付いています。心配されるのは分かりますが、ご主人は監視官。きっと大丈夫ですよ」

「...はい...」


膝の上に揃えた手元を見つめる
まだまだ真新しく綺麗に輝く指輪
それに反して濁りつつある色相が皮肉のようだった


「ご主人の犯罪係数悪化の引き金が何かは分かりませんが、お二人の事ですから、きっと互いに心配し合って悪循環が生まれてしまいます。どうでしょう、気晴らしにお二人で共通の趣味等を見つけたりしてみてはいかがですか?」

「共通の趣味、ですか....?」

「スポーツをして共に体を動かしたり、パズル等で同じゴールを目指してみたり。一緒に楽しむという過程が大切です」

































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目の前のパソコンで時間を確認する

....もう名前の退勤時間は過ぎているはずだ
一般課にとっては今日が2113年の勤務初日
俺は常守から受けた提案を飲み込み、その購入申請を受理してもらった


それでも一向にオフィスに響かない待ち望む声

ギノを見ても特に気にしている様子も無い事から、連絡は取っていると察する


....あいつもあいつで、ずっと何かが変だ


昨日常守がメモリースクープを行った
あんな精神負荷がかかる物を見事に成し遂げ、サイコパスも正常値にすぐに回復
俺も本当に驚かされた

それを見て劣等感でも感じたのか?
つい少し前に"ガキだ"と暴言を吐いてしまった相手が、目の前で友人を殺された記憶を強制的に追体験させられても、結果的にはクリアカラーを維持出来た

色相ケアには人一倍気を付けるギノだ
何か思うところがあっても不思議じゃない


と思ったが、様子が変わったのは局長と話をした直後かららしい
常守が"何かあったのか"と聞いても答えず、ただ黙秘を貫いていると言う

おそらく現行犯を取り逃した責任か何かを問われたんだろう
減給でもくらったか?




常守の努力のお陰ではっきりとした槙島の顔
志恩が既に優先フェイスレコグニションを施している
見つかるのも時間の問題かと思うが、同時に槙島がそんなヘマをしそうな奴とも考えられない

そんな事を、パソコンに表示させた槙島の画像を見つめながら考えるが、ポケットに入れた"お礼の品"に少し意識を割いてしまう



...まさか今日に限って用事があり自分で帰ったのか?



まるで俺の思考に肯定でもするように、荷物をまとめて座席から立ち上がったギノに、俺はキーボードを叩いていた両手を止め強く拳を握った










「....き、来ませんでしたね名前さん....」


先輩監視官が退勤して、そう俺にそっと呟いて来た常守


「まだ明日がありますから!....何なら私から連絡し

「もういい」

「え...?」

「....俺もこんな事に囚われてる場合じゃない。あんたがせっかく槙島の顔を割り出してくれたんだ。無駄にするわけにはいかないだろ」





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