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「ふぅ....犯罪係数400オーバーを叩き出した少女は未だ行方不明、謎の地下空間であなたと朱ちゃんの友達を襲った泉宮寺豊久、そして音沙汰の無いフェイスレコグニションの通知」
タバコの煙を吐きながらそう語る志恩は、前に一度俺に名前のスリーサイズを聞いて来た
『何度か抱いてるんだから分かるでしょ』
『一応既婚者だぞ、そんな言い方をするな』
『あなたは逆に、いつになったら受け入れてあげるつもりなのよ』
『...はぁ...サイズを知って何がしたいんだ?』
『新婚夫婦よ、夜は目一杯楽しんで貰わないとじゃない!』
『....やめておけ、ギノに怒られるぞ』
『あら、あなたに言われたくないわね』
むしろ新婚だからこそまだ倦怠しなくそんな物は必要ないんじゃないかと思ったが、....確かに名前は全く大人びた下着を着けているイメージが無い
そう言えば昔佐々山が、もしかしてギノが選んでるんじゃないかと言っていたが、仮に名前が自分で選んでいたとしても結果は変わらなそうだ
「槙島は....どうやってドミネーターを出し抜いたんだ」
俺も同じようにタバコを吹かす
佐々山と同じ銘柄を、昔は全く手を付けなかったのに今では1日に約30本も吸ってしまっている
「さぁね、違法ドラッグでも使ったんじゃないかしら?」
「何の為だ?ドミネーターに罰せられたくないなら常守に火薬銃を渡す意味が分からない。船原ゆきを殺す動機も不明だ。ただ監視官を試す為だけに人を殺すような奴が、わざわざ違法ドラッグを使うか?」
「私に言われても分からないわよ。そういうのはあなたの得意分野でしょ?」
あれから数日、また普段通り退勤後刑事課に来るようになった名前とは一言も交わしていない
その上俺達全員が感じていたギノの違和感が少し和らいだ事に、俺は"あの日刑事課に来なかった名前は、やはりギノを想っていたのか"と女々しく気にしていた
きっと心配した名前が、何かしら処置を施したのだろう
意地を張り続けた俺がやっと常守の意向に従い少し素直になろうとしていた矢先の事で、あまりのタイミングの悪さに"だから止めとけと言ったんだ"と何度も自分を責めた
その日部屋に戻った俺は、すぐにその贈り物を引き出しの奥深くに眠らせた
無かった事にしようと
「慎也君....あなた朱ちゃんに乗り換えようとはしてないわよね?」
「....そう出来た方が良かっただろうな」
「全く、あの子を愛し過ぎたのね」
「....俺が悪いのか」
「まぁ誰も予想できなかったもの。まさか結婚だけじゃなくて、よりによってあの堅物監視官をパートナーに選ぶなんて。そう言えばプロポーズとかしたのかしらね?」
あの二人なら"結婚"という言葉を発さなくても、自然と婚姻届を持って来そうだ
そう自分をより追い込む思考をしてしまえる程俺は愚かな人間だ
「あの甘え具合なら、名前ちゃんから"結婚して!"って強請っててもおかしくなさそうね」
「お前はどれだけ俺の傷口に塩を塗りたくれば気が済むんだ?」
「血小板足りてないんじゃない?いつまで傷口開きっぱなしなのよ」
「医者だったら治してくれ」
「だから抱いて見る?って言ってるのに」
「医者が提案する治療法じゃないだろ」
懐から取り出したパッケージ最後の一本に点火する
ここに来てからもう3本目だ
「....あいつが本当に幸せそうなのは認める。ギノを選んだのは正解だ」
「自分が不正解だったのが悔しいって事?」
「....正解になれないのが悔しいんだよ」
ただ幸せを願って喜んでやり、また笑ってくれるように優しく
それがどうしても出来ない
「俺が何を言ってもあいつの数値は微動だにしなかった。もう俺に可能性は無い」
「あなたねぇ、少しはポジティブになりなさいよ。それだけ夫が愛してあげてるって事でしょ?女にとって愛する人に愛されるって絶大なパワーがあるのよ。本当にあの子の事を想うなら、それを与えてあげられてる宜野座監視官に感謝してもいいくらいよ」
「"俺が愛する女を愛してくれてありがとう"ってか?無理言うな」
「そんな思考をしてるから、いつまで経っても"負けた"気でいるのよ。結婚で負けたなら、違う勝負で勝てばいいじゃない」
「あぁ、絶対に俺が槙島を捕まえよう」
「....はぁ...そういう事じゃないわよ」
俺はそろそろ持てなくなったタバコを名前への思いを掻き消すように灰皿に押し付け、強制的に脳内を槙島で埋めた
手元のタバコも切れた
部屋に戻って今まで槙島が関連したと思われる事件の資料を洗い直そう
そう決めて分析室のソファを立ち上がる
「じゃあな、お前も常守のメモリースクープの分析頑張ってくれよ」