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"先に車に戻っていろ"と言われ、まぁ実際あれ以上その場に居るより家に帰りたかったから、純粋に伸兄に従った

むしろなんで一緒に戻らないのか不思議に思ったけど、代わりに青柳さんがついて来た


「どう?結婚生活は」

「普通ですよ。....伸兄は少し落ち込んでるみたいですけど」

「一係は今大変だからね、詳しくは言えないけど未解決事件が立て込んでてね....一係が提出した報告書は私も目を通してるんだけど、あの真面目な宜野座君が再提出をした物があったのよね....」

「伸兄が....書類でミスを...?」

「ね?考えられないでしょ?提出する前に隅から隅まで不備が無いかチェックしてそうなのに。でもそんな宜野座君だからこそ、それで落ち込むのもあり得なくはないわね」


....まさかミスしたのが恥ずかしくて私に言わなかった?
でもじゃあ、"身の回りには気を付けろ"とかって心配してたのは何?


「そう言えばさ、あの子名前ちゃんが好きなの?」

「....え?」

「ほら、さっき話してた男の子よ」

「あ、相馬君ですか!?違うと思いますよ!」

「女の勘は当たるものよ?今頃宜野座君、バチバチやってたりして。"俺の女に触るな"って!アハハ!考えただけで面白いわ」

「絶対違いますよ!」



確かに前はもしかしたらと思った節もあったけど、結局これまで何も無かったし
ただの元同僚


会場を出る前に、ドレスの上から肩に掛けられたコートを握る
持ち主には膝上丈でも、私にはふくらはぎすら隠れそうな長さ



「....最近狡噛さんと話しましたか?」

「残念ながら。でも風の噂は聞いてるわ。名前ちゃん....無理する必要はどこにも無いのよ」

「....分かってます」

「狡噛君はきっとまだ気持ちの整理が付かないのよ。少しすればまた私達の知る狡噛慎也に戻るわ」

「....そうだといいんですけど....」

「ほら暗い顔しないの!あなたがそんなだと私達刑事課は監視官を1人失うのと同じなんだから!一係は犯人の検挙率が一番高いし、欠けられると困るのよ」

「そ、そうですか....?」

「明るい話をしましょ!あと1ヶ月でバレンタインでしょ?私と一緒に作ってみる?」

「....あぁ!いいんですか!?」


バレンタインなんてすっかり忘れていた

狡噛さんの事や、伸兄のサイコパスの事で精神が忙しかったから全く考えてなかった


「もちろんよ、宜野座君にもサプライズしてあげましょ」



チョコチップのパンとか、チョココロネとか
デザート感覚で食べれるパンが良いかな

私は材料を一緒に買いに行く約束をして、青柳さんは会場に戻って行った


助手席に入ってデバイスでレシピや、他のアイデアは無いかとネットを散策する

ダイムには犬用のスイーツでも注文しようかな?











そうペットショップのサイトを見ていると、開かれた運転席の扉から外の空気が入り込む


「お帰り、何してたの?....え?」


その質問に返されたのは言葉じゃなくて伸びて来た手で
咄嗟のことに手にしていたデバイスが座席下に転がり落ちる



「なっ、待っ、んん!」


突然覆い被さるように押し入って来た感情を、困惑しながらも受け入れる

...怒ってる?
シャンパン飲んだから?

そんな思考を手持ち無沙汰となった手で確かめるように、その胸板を押し返してみた


「はぁっ...ねぇ、ちょっと、んっ!」


むしろ強く抱き寄せられ深みを増した交わりに、そのスーツを掴む手に力が入る

時々漏れる吐息が脳にまで響いて、それが私を巧く煽って行く


身を任せるように助手席を抜け出して体重をかけると、ますます周りが見えなくなって


「ぁっ....」


ただお互いを求める事に夢中になってしまう

ぶかぶかのコートと背中に回された腕が暖かい

慣れ親しんだ匂いも頬を掠める髪も全....






『いいね!カラオケ行こ!』

「っ!」


駐車場の奥から車内にまで響いて来た声に、途端に互いを引き離した私達

さすがに見知らぬ誰かに見られるのはと、反射的に体が動いた


「....」

唐突な雰囲気の落差に恥ずかしくなって、手の甲で口元を拭うと、すぐにエンジンがかかり発進した車に急いでシートベルトを締めた






ホテルの地下を出て一般道に出ると、街灯が一定の間隔で運転する横顔を照らしている


....ダメだ

それにすら変な気を起こしそうになってしまい、ぎこちなく顔を逸らす


別の事を考えよう
その前まで何してたんだっけ?
青柳さんと話して、伸兄が報告書でミスをしたんじゃないかっと....

....あ、そうだ
バレンタイン!
確か2月14日で、あと1ヶ月も無い

それでダイムにも何か買ってあげようと....

....デバイス落としたんだった
シートベルトを外せない今は取れない

どうしよう
気を紛らわせたいのに、何も


「名前、」

「っ!な、なに?」


前触れ無く発せられたその声にすら必要以上に反応してしまう


「....今だから言うが、あの男はお前に気がある。少なくとも人事課に所属していた頃は確実だ」

「....え?」





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