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「そんな事で異動させたの!?」

「狡噛も加担している」

「....本当?」


だってあの時狡噛さんは、どちらかというと"過保護過ぎる"伸兄よりも、私の意見を尊重してくれていた

それなのに、私を食事に誘い告白をしたというだけで、局長に異動願をするなんて...


「じゃあ局長が許可したって言うの?私的な理由での職員の異動を?」

「ただの一般課の職員1人くらい局長にとっては....何でも、ない....」

「...伸兄...?」


急に威勢を失った様子に慌ててオートドライブのボタンを押す


「...どうし

「気にするな、....大丈夫だ」

「....」


その言葉にわざと争ってもしょうがないのは分かってる
それでも少し暗がりを見せた表情を心は見逃さない

そんな自分の感情を紛らわすように話題を戻した


「....もしかして相馬君に何か言ったの?」

「....釘を刺しただけだ」

「さっき?会場に残ったのはその為?」

「....」

「....私が浮気すると思ってるの!?」

「思っていない!」

「じゃあなんで!こんなに愛してるのに!」

「なら逆を考えろ!」

「....なっちゃんの事?」


....確かに同僚と挙式の話になった時、なっちゃんだけじゃなくて、誰に対しても見せたくないと思ってしまった

それだけ独り占めしたいのかもしれない、と


「....嫌だったの?私が相馬君と話してるの」

「っ....」


肯定し辛そうな姿が、強気な事が多い伸兄には愛らしくて


「ちゃんと言ってくれないと分かんないよ?来年度分の人事調整は総務課とも合同作業だし仕事で一緒になるかも?」


からかってみたくなってしまう

私はその分かり切った答えを求めるように、身を乗り出してその端正な顔に詰め寄った

恥じらいに後退り逃れようとしても、そんな事はさせない


「実は食事に誘われたんだけどさ、了承しちゃった。行ってもいいよね?」

「なっ!本気で言っているのか!」


少なくとも、こんな嘘すら見抜けなくなる程伸兄は気が動転している

それがまた私の心をくすぐる


「もちろん浮気はしないし、ただの仕事の付き合いだよ。あるでしょ?そういう事」

「他課の男と何故仕事外の付き合いをする必要がある!」

「課と課同士の親睦は深めないと!新年会だってほぼそれが目的でしょ?」

「そんな奴と深める親睦など無い!」

「だから何が嫌なのかちゃんと言ってってば。そしたら食事断るよ」

「....」


自動で目的地である自宅に向かう車の中で、逃げ続ける焦ったさを私はそのネクタイを掴んで引き寄せた

ふわっと香る香水の匂いが相変わらず私を満たして行く


「まぁ誘われたの明日だから、さすがに今から断るのも気が引け

「何が何でも断れ。絶対に行かせない」


そう顎を掴まれると途端に形勢を逆転される
眼鏡のレンズ越しの瞳はこれ以上ない程真っ直ぐに私を貫く


「お前が言えないなら、俺が直接断りを入れる。それが嫌なら今すぐ連絡しろ」

「....連絡先持ってない」

「....俺を騙したのか」

「気付かない方が悪いでしょ、こんな簡単な事」


突如力が抜けて行った伸兄は、大きく息を吐きながら運転席に座り直した
そのままオートドライブを解除して再びハンドルを握った姿に少しがっかりする

結局言葉にして伝えてくれなかった
確かに言わなくても伝わっている
でもたまにはちゃんとその口から聞きたい

"他の男を見るな"とか
そんな少女漫画のようなベタな台詞を聞きたかったのに






徐々に窓の外の景色が見慣れたものに変わってくる

退勤後、一度家に帰った私がダイムの世話をもう済ませてある
きっと今頃自分の寝床で丸まっているんじゃないかと予想しながら、ふと気になった事を質問してみる


「....じゃあなんで狡噛さんはいいの?」


相馬君よりよっぽど気にするべき相手なんじゃないかと思う


「....あいつは悪い奴じゃない。それは俺が一番よく分かっている」

「伸兄は...私にどうして欲しいの?」

「....無理はするな、それだけだ」



むしろ元に戻ろうと歯向かうのが"無理"なのか、ただされるがままに疎遠になって行くのが"無理"なのかも分からない

どっちを選んでも何かしらの突っかかりがあって

やっぱり前みたいに、また忘れようと努力するのが最善策なのかな....

伸兄に負担をかけない為にも













帰宅し自分の寝室に向かった私は、デスクの上にある高校卒業時の写真をそっと伏せた

もうあの時間は存在しない

....自業自得だ

そう思うと泣く資格も無い気がして、込み上げてくる感情を押し殺した



いい加減決めよう



もし青柳さんの言うように、時間が経てば狡噛さんが戻るならその時を静かに待つ

戻らないならそこまで
私も何も言えない


今はただ目の前にある大きな幸せに浸って、その人物の為に笑顔でいよう

絶対に失えない大切な存在


「愛してる」


それさえあれば





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