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「....最近名前さん来なくなりましたね....」

「あんたはまたその話か、やめてくれと言っただろ」

「まだプレゼント渡してないですよね?」


槙島の事件の進展も無ければ、名前の姿すら見なくなった
さすがに俺も愛想を尽かされたんだろう

それが俺の望んだ結末だったが、晴れる事のない感情をただひたすら槙島への憎悪で上書きしていた

そんな中で『お昼一緒にどうですか?』と常守に誘われやって来た食堂は、ちょうど昼休憩の時間ともあって人で溢れていた


もしかしたら名前もどこかに居るんじゃないかと辺りを見回してしまう自分にもそろそろ嫌気が差す

数人で一つのテーブルを共有している女性職員達を見ては"違う"と否定して行く


「捨てたりしてませんよね?」

「どうしようと俺の自由だろ」

「購入申請を受理したのは私ですよ?私が買ったも同然じゃないですか」

「....俺の金だ」


確かに捨ててはいない
未だ引き出しの奥に忘れ去られている

いつか日の目を浴びる時が来るのかはどう考えても俺次第だが、その未来が俺には見えない

反対に表に積み上げられているのは標本事件の資料

それが俺の心情を具現化しているようだった


一係はこれと言って変わっていない
常守はよりタフになり俺と似た執念を燃やし始めた
一方でギノはそれを俯瞰し、特に口も挟まない
とっつぁんや縢、六合塚も皆普通だ


「槙島は、何が目的なんでしょう。魂の輝きが見たいって....」

「どうだろうな。あんたもあまり深入りしすぎるな。飲み込まれるぞ」

「メモリースクープすら耐えて見せたんですよ、心配要りません」

「....もう立派な刑事だな。ギノにも全く劣らない」

「褒めても何も出ませんよ」


初めて共に仕事をした日は、間違った行動とは言わないがどうなる事かと思った
たったの3ヶ月足りずでも人は変わるものだ

常守は見間違える程強くなった

そんな姿に、もし当時常守が監視官として俺と同僚だったら、どうしていたかと考える

俺の潜在犯落ちを止められただろうか
佐々山の暴走を阻止できただろうか

....いや、結局こうなるのは定められた道だったのかもしれない

あの時全員が俺を止めようとしていた
それでも...



「あ!いましたよ名前さん」


その言葉に思わず振り返ってしまったが、すぐに自ら首を引き戻した


「....やめてくれと言ったばかりだろ」

「振り返って下さいとは言ってませんよ?」

「はぁ....」


もう本心を知られている以上、常守の前では足掻ききれない


「....様子はどうだ」

「ご自分で確認してはどうですか?」

「出来たら頼んでないだろ」

「もうご結婚されてから約2ヶ月ですよ。そろそろ受け入れてあげてもいいんじゃないですか?」

「....分かってるさ」

「もし本当に名前さんも狡噛さんを避け始めたのなら、そろそろ手遅れが近いかと....」


そんな事は理解してる

名前が声すらかけなくなった頃から、少し危機感は抱いていた

矛盾に矛盾が重なった己の感情をどうすればいいのか


「....槙島を捕まえられたら考える、今は槙島優先だ。あんただってそうだろ?」

「それはそうですけど....ゆきの為にも」















俺は結局同じ空間にいるという名前に再び振り返る事なく、食事を終えた


「まだ時間ありますけどオフィスに戻りますか?」

「あぁ、こんな所で時間を無駄にしてる場合じゃない」

「....狡噛さんは相変わらずですね」

「いけないか?」

「いえいえ!素晴らしいと思いますよ」


俺は立ち上がる為に椅子を後ろに


「先に片付けて

「あ!後ろ気を付けて下さい!」


突っかかるように誰かにぶつかった感覚


「わっ!」


その反動に帰って来た声は、俺の反射を止めるには遅過ぎた






「....す、すまない....」


見るとそこには、トレーからひっくり返った器の中身で綺麗なスーツを大胆に汚してしまっている姿

よりによって目に入れたくなかった人物に、俺は動くことも出来ない


「大丈夫ですか!火傷とかしてませんか!?」


代わりに駆け付けたのは常守で、俺はただ立ち尽くしていた
....本当に見っともない

常守がしたように一言"大丈夫か?"と聞けない

それよりも手や袖は茶色い液体に染まっているのに、ただその指輪だけが全てを弾き輝いている事に釘付けになってしまう

そんな左手も徐々に、俺を責めるように赤みを帯びていく


「名前さん、代えの衣服はありますか?」

「は、はい...ロッカーに予備のスーツは....」

「良かった、来てください!すぐに冷やしに行きましょう!」





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