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「もう大丈夫です。軽症ですのですぐに治りますよ」


常守さんに連れられ軽いを手当てを受ける

溢れてかかったのはうどんのスープで、確かに少しヒリヒリはするけど思った以上に大袈裟に心配された


「ありがとうございます」


突然の事に、同僚には何も言わずに来ちゃったけど大丈夫だったかな....


....それより落ち着かなく気になるのは、背後、部屋の隅に立つ狡噛さんの存在
特に何も話さず、ただ保護者かのようにこの状況を見守っている
もうあれから2週間近く会ってなかった再会がこんなハプニングなんて

良いのか悪いのかも分からない




「着替えはあると言ってましたよね?」

「はい、大丈夫です。これから替えてきます」

「....狡噛さん」


そう顔を上げて後ろに居る人物に向けられた声
それに私も緊張して振り向けない

何を言うんだろう
何を言われるんだろう
何も言われなかったら?

やけに長く感じた沈黙の間、私は俯いてスカートの裾を握りしめていた

怖い
また辛い思いはしたくない
冷たく遇らわれたらどうしよう


そんな思考の沼にはまりかけていた私にかけられたのは


「....完治するまでは、あまりその手を使わないように気を付けろ」


その言葉に込められた感情が何なのか感じ取れなかった

怪我をさせてしまった罪悪感?
それとも純粋に心配してくれてる?


「狡噛さん!もう少しマシな事言えないんですか?」

「もういいだろ、俺は一度宿舎に帰る。あんたが付き添ってやれ」


その直後に響いた扉の開閉音は、この部屋に常守さんと二人きりになったことを暗示した

やっぱり避けられてるのかな....






左手に巻かれた白い包帯
邪魔になってしまった指輪は今は、臨時として右手につけている


「....名前さん、狡噛さんの事どう思ってますか?」


救急キットの後始末を済ませた常守さんは、私に立ち上がる事を促した


「....分かりません、あまり考えないようには...してます」

「そうですか....」


"エレベーターまでお付き合いしますよ"とドアが開かれると、道を譲られた私が先に廊下へ踏み出した


「今かなり大変なんですよね?未解決事件が続いてるとかで....」

「そうですね、この1ヶ月程新たな進展も無くて....もちろん事件なんて起こらないに越した事は無いんですけどね」


目の前で友人が殺されたはずなのに、全く心に傷を負っている様子が無い
それだけサイコパスが強いのかな....

そうでもないと監視官は務まらないというシビュラの判断
....私はなれなかった訳だ



「そう言えば、伸兄が意地悪してませんか?以前どうやらきつい言葉を言ってしまったみたいで....」

「あぁ、そんな、気にして無いですよ!...宜野座さんには事情があるんですよね?」


誰かが言ったのかな?
伸兄が自分から言うとは思えないし


「....本当によくここまで来たと思います。私だったらとっくに濁って挫折してたかもしれません....あんな性格ですけど良い人ですから、今更ですがどうか宜しくお願いします」

「宜野座さんなら大丈夫ですよ、後輩である私から見ても真面目でとっても優秀な監視官です。それに、きっと私なんかより名前さんを頼りにすると思いますよ」

「....私にはこれと言った事は出来ませんから。仕事についても私が手出し出来る範囲外ですし、結局側にいる事しか....」

「ふふっ」


エレベーターホールでボタンを押した常守さんは、右手を口元に当ててそう肩を震わせた


「....わ、私何か変な事言いましたか?」

「いえ!本当に宜野座さんを大切にされているんだなと、私までくすぐったい気持ちになりました。やっぱり愛っていいですね」


開いた扉に共に乗り込んで、それぞれのオフィス階のボタンを押す


「私はそれで充分だと思いますよ。家に帰れば大好きな人が側にいて笑ってくれる。名前さんにしか出来ない事ですし、宜野座さんにもそれが幸せなんじゃないかなと思います」

「...そ、そうですか....?」

「まぁ私には恋人はいませんし、家族に置き換えて考えましたが....夫婦も家族も大切な存在には変わりありませんからね」


密室の中、私のスーツから漂ううどんの汁の香りが充満して行く
痛みからか、包帯を巻かれている違和感からか、左手を動かす時はやけに慎重になる

41Fで開いた扉に、私は"開"ボタンを押してその状態をキープさせた


「手当てまでして頂き本当にありがとうございました。お忙しいのにすみません...」

「そんなに気を遣わなくて結構ですよ」


そう言い残して降りて行った




と思ったら振り返って、閉まり始めたドアを手で止めた常守さん


「....名前さん、もう少し待ってくれませんか?」

「え?」

「狡噛さんは私が必ず説得しますから!だからまだもう少しだけ、待っていて欲しいんです」


その言葉から私は自信を感じ取っていた
....どうしてそんなに確信出来るの?

それが皮肉にも、狡噛さんとある程度親密になっている事を示された気がして私はどうしても上手く笑えなかった


「....はい」





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