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「車で待っていろ」

「やだよ、一緒に行く」


帰宅前に寄ったのは近くの薬局で、家の救急キットはもう何年前の物かも分からないからと新調する事になった



あの後ロッカーで着替えていた私を呼び出したデバイスの着信音
もちろん相手は伸兄で、多分常守さんが報告したのだろう

例の如く怒鳴る勢いで心配され、私は軽傷だと言う事を強調して伝えた
でもそれで納得するわけがないのが伸兄だって事も分かってる

退勤して顔を見てすぐ、必死の焦りに満ちた表情で優しく包帯を解いて行った
どうしても自分の目で確かめ無いと落ち着かないと言うように

それから丁寧にまた包帯を巻き戻した伸兄と駐車場に向かい車に乗り込み、こうして薬局に来てる


"一緒に行く"とわがままを言った私に、伸兄は一度溜息をついて、全開になっていた私のコートを上からきっちりボタンを閉めた

....もし私達に子供がいたら、伸兄は問題無く面倒見れそう



車を降りその背中に着いて行くと、真っ直ぐに薬剤師のいるカウンターへ向かった

私は奥の棚に大量に並べられている薬を見渡しながら伸兄の隣ぴったりに立ち止まった


「どうなさいましたか?」

「軽い火傷をしてしまい、何か塗り薬が必要では無いかと思っているのですが」

「患部を見せて頂くことは可能ですか?」

「...名前」

「え、あ、はい」


完全に伸兄に任せきりにしていた私は、唐突に呼ばれた名前に状況を頑張って読み取った

私はカウンターの上に左手を差し出し、薬剤師の男性が"失礼します"と包帯を解いて行く


「いつ頃火傷をされましたか?」

「今日の昼頃です。すぐに冷やしてから消毒もしました」

「適切な処置ですね。かなり軽傷ですので特に傷ありも残らず数日あれば元通りになると思いますよ。今外用薬をお持ちしますね」




そう言って奥に消えて行った薬剤師さんに、私は左手をどうしたら良いのか分からなかった
包帯も解きっぱなしだし、このまま動かさない方がいいのかな?


「狡噛は何と言った」

「....完治するまでは気を付けろって」

「....あいつは謝罪すらしていないのか」

「ぶつかった時に"すまない"って言われたけど....気にしないで、軽傷で済んでるし狡噛さんもわざとじゃないんだから」


私なりの"怒らないで"と言う主張
狡噛さんと伸兄の間に変に摩擦が生じるのは私も望まない

私が無事なんだからそれでいいでしょ、と
そんな思いを込めて、右手でその左手を握る

互いの指輪がぶつかり合って、皮膚で無機質な冷たさを感じ取る


「お待たせいたしました。ご購入されますよね?」


戻って来た薬剤師さんの手には小さなチューブと、新品の包帯や消毒シート等手当てに必要な物

"はい、一つ頂きます"と答えた伸兄に、その場で塗り薬が入っているだろうチューブのキャップを捻った薬剤師さん

もしかして今ここで処置をしてくれるのかな?

そんな私の予想通り


「では改めて消毒を施し、こちらの外用薬を塗布してガーゼも新しい物に変えさせていただ

「いえ、結構です」


そう強引に遮るように拒否した伸兄の言葉に、思わず右隣を向いてその顔を見上げた


「な、なんで?いいじゃん、やって貰お

「全て購入しますので会計をお願いします」

「....分かりました。万が一水膨れが出来た場合は絶対に破らないで下さい、この程度なら大丈夫かと思いますが。では、3480円になります」



....まさか

やけに強行した態度にそんな考えが巡る
もし私の考えている事が正しかったらと思うと、自然と口元が緩んでいく


「現在の包帯は元に戻しましょうか?」

「必要ありません、こちらで処置をします。ありがとうございました」

「何かあればいつでもご連絡下さい、お大事にどうぞ」



私が薬剤師さんに挨拶をする隙すら与えずに、入って来た扉に向かって歩き出した人物の手にそのまま引かれる

自動ドアが開くと、頬を裂くように吹き付けた真冬の夜風



そのまま一度離れてそれぞれ運転席と助手席に乗り込むと、案の定今買ったばかりの品を袋から取り出し始めた伸兄

さすがに何がしたいのか理解した私は素直に左手を差し出した

すぐに鼻を刺すような消毒の匂いが肌の上を滑っていき、その手つきは確かに慣れてそうな物だった


「そんなに嫌だったの?」


今度は既に封が切られている塗り薬を取り出し、それを手の甲全体に塗り広げられて行く

その指先と掌から伝わる温もりが心地良い


「ここじゃ照明も良くないし、テーブルとか充分なスペースも無くてやり辛いのに」

「....分かっているなら聞くな」


適度な力加減で巻かれて行く白い包帯

最後の端が留められたのを確認してから、





「なっ、名前!」





私はその首元に抱き付いた





「あの人に触られて欲しくなかったんでしょ?」

「.....」

「私には素直になってよ」

「....不要な接触を許可する筋合いは無い」

「....素直になって」





ゆっくり頭の後ろと腰に感じた体温はより私を引き寄せ、僅かな呼吸も首筋にかかってくすぐったい






「誰にも触れさせたくはない」





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