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はぁ....
依然として槙島がどうやってドミネーターを出し抜いたのか分からない
危害を加えながらも下降していった数値
そして最終的には犯罪係数0になったと言う
もう1ヶ月以上経った
事件という事件も無く、ただ時間が過ぎている
積み上げられた書類の山の中、平たい器を引き寄せそこにタバコの灰を落とす
ゲーム機の特殊な機械音やキーボードを叩く音、ヘッドフォンから漏れる音楽が響くオフィスに漂う煙
名前に火傷を負わせてしまってから3日が経った
当たり前のように責任感も罪悪感もある
傷が残ってしまってはいないか、まだ痛みがあるんじゃないか
そう頭では考えても、行動には何も移せない
そもそも名前もここには来ない
常守には、何度かメッセージを送るなりして様子を確かてくれと要求した
だが、
『一緒に行きますから、人事課に会いに行ってみませんか?』とか、
『宜野座さんに聞いてみたらどうですか?』
などと尽くかわされた
結局俺はギノのいつもと変わらない様子から、無事なのだと察するしか無かった
「あれはもう飲んだか?」
「あぁ、なかなか美味かった。ありがとなとっつぁん」
「いいさ、俺も一人じゃあんなに沢山は飲めん」
少し前にお裾分けしてもらった30年物のウィスキー
それを俺は、名前に火傷を負わせてしまった日の夜に、自分の情け無さにヤケになって飲み干した
「なぁ、コウ」
はっきりと俺に体を向けて放たれた呼びかけに、仕方なくパソコンの画面から目を離す
「お前は槙島をどれだけ恨んでる?」
「....佐々山が死ぬ道理は無かった。そうじゃなくても刑事として、あんな凶悪犯を野放しにしておける訳無いだろ」
「まぁそれもそうだな。何かあったらいつでも言ってくれよ、何か手伝ってやれるかもしれん」
「....それは槙島についてか?それとも、あんたの息子夫婦についてか?」
「どっちもだよ」
そう俺の肩を叩いたとっつぁんは、相変わらず頼れる存在だ
だが名前の事で誰かに頼るべきではないという意地っ張りなプライドと槙島への執念が、やはり俺を現実と繋ぎ止める
...もう失ったも同然の存在を考えている場合じゃない
目の前の獲物を見失わないように、俺は再びパソコンに向き直そうとした
その時だった
「出動要請が入った。全員直ちに準備をしろ」
「お?やっと事件すか?ギノさん」
「渋谷区の薬局で襲撃事件だ。今のところ被害者は2名との情報が入っている」
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痛みよりも包帯が邪魔してうまく仕事ができていなかったここ2日
毎日薬を塗り直したり、包帯を変えたりとしてくれていた伸兄から、今朝ようやく完治宣言がされた
あの時薬剤師さんが言ってたように水ぶくれも出来ず、結局痛みもほとんど無く、本当は2日目の時点から"仕事に支障を来す"から包帯は無くていいんじゃないかとお願いしていた
でも心配性の伸兄だ
"万が一の事があったらどうする"と許可してくれなかった
右手に付けていた指輪もやっと元の位置に戻り、何となく、失くしていたお守りが見つかったような安心感
退勤時刻のアナウンスがオフィス全体に響き渡り、一斉に立ち上がる職員達
私もそれに釣られてカバンを手に立ち上がると
「名前、今日この後ご飯食べに行かない?」
そう私に聞いて来た同僚はどこか緊張した面持ちで
「明日土曜日だしね、いいよ」
でも断る理由も無かったから素直に承諾した
いつものメンバー6人で、公安局のエントランスをくぐって外に出ると3人ずつに分かれてタクシーを呼ぶ
私は後から来た方に乗り込んでシートベルトをすると、すぐに伸兄に"同僚と食事をして来る"旨をメッセージで伝えた
間も無く帰って来た短い返事は
"分かった。あまり遅くなるな。迎えが必要ならまた連絡しろ"
....もう私も27なのに、いつまで経っても保護者みたいだ
「ねぇあの書類って期限いつだっけ?」
「総務課のやつ?」
「そうそう、私結構ヤバくてさ....」
「2月13日の月曜日、あと10日もあるし大丈夫でしょ」
「それが進捗状況2割もいってなくてさ....名前は?」
ただ聞て手に回っていた会話を突然投げられて、一瞬頭がついて行かなくなる
「わ、私?」
「それ以外に誰がいるの?まぁ名前は優秀だからね....もう3割以上終わってるでしょ」
「いや...まぁ....4割くらい終わったかな....?」
「4割!?....もうやっぱりエリートに育てられた人は違うね」
「それ絶対からかってるでしょ」
「羨んでるの」