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タクシーが止まって先に着いていた3人と合流したのは、創作料理の居酒屋

予約をしていた代表者がスタッフに名前を告げるとやけに広い個室に案内された

そもそも予約してた事にも驚きだし、部屋も大き過ぎじゃない....?
サプライズでもされるのかと身構えていると


「名前は一番端ね」

「....え、一列に座るの?」

「細かい事はいいから!ほら座って!」


肩を押され強引に腰を下させられると、すぐに注文し出す女の子達
私はそれを横に、少し熱いおしぼりで手を拭っていた

....嫌な予感がする
唐突に食事に誘われて、その時の様子も少し変だった

三者三様のスーツに身を包んだ人事課の女性職員が、個室の入り口とは反対の奥の座席に横一列で着席している




「....ねぇ、」


私は注文を取り終えた店員さんが出て行ったタイミングを見計らって、恐る恐る口を開いた


「....これ、まさか...合コンじゃないよね...?」

「....ご、ごめん....どうしても一人足りなくて....」

「そんな!私結婚してるの知ってるでしょ!」

「大丈夫!ここに居てくれるだけでいいから!お金も払わなくていいし!」

「そういう問題じゃ....って、前に合コンした時の相手といい感じになってる人いなかった?」

「あ、それ私だけど、普通にうまく行かなかったから絶賛彼氏募集中なの」

「....と、とにかく私は無理だよ!ごめんだけど帰


そうカバンを持って立ち上がろうとした私の腕にしがみ付かれると、私も強くは振り解けない


「待ってお願い!何かあったら助け舟出すから!絶対宜野座さんを困らせるような事は無いって約束する!タダでご飯食べれると思って、ね?」

「....相手の男の人にも悪くない?合コンに来た女性の中に既婚者いるなんてバレたらまずいでしょ?」

「私達が全部何とかするから!名前は何も気にしないでただ好きなように過ごしてくれればいいよ!」


必死に訴えられると断りきれない気にもなるけど、こんな事伸兄に知られたら....


どうしたらいいのか分からない迷いの中、再び開かれた扉


「遅くなってすみません!」


入って来たのはこれまたスーツ姿の男性達
それと同時に掴まれていた腕を下に引かれると、私も変に場を乱す事も出来ずに大人しく元の席に座った

テーブルを挟んだ向かい側の席が一つずつ埋まっていって、綺麗に6対6の形になった

....もうここまで来たら逃げられない
....絶対今度何か奢ってもらおう



それからすぐに運ばれた女性陣の飲み物は私の分も勝手に注文されていて、他5人は全員カクテルなのに対して私はジンジャーエール

....アルコールはダメだって気を遣ってくれたんだ

そう心の中で感謝していたのも束の間


「あれ?君飲まないの?」


対面の男性に早速突っ込まれてしまい、あたふたしていると代わりに同僚が、"この子飲むとすぐ倒れちゃうから"と弁明してくれた

....はぁ...帰りたい











「失礼します」


しばらくして次に運ばれたのは男性陣のドリンクで、ほぼビール


「それじゃ一人ずつ自己紹介!端の名前から!」

「....え!?私!?」


"嫌だ"と首を振る私に、顔を近付けた隣の席の同僚は周りに聞こえないように

「後の方が印象に残りやすいから!最初にサラッとやっちゃった方がいいよ」

と説明した


一理はあると納得した私は小さく手を挙げて、ゆっくり大きく息を吸う


「えっと....厚生省公安局人事課所属の宜野座名前です。2085年生まれの27歳です....」

「....それだけ?」


11人全員の視線が注がれ何を話せばいいのか全く分からなくなる
前回どうしたんだっけ....


そこでふと同僚の一人が何か口パクしてるのに気付く


「趣味とか無いの?」

「しゅ、趣味は....」


質問の答えを考えつつ同僚の口元にも意識を割く

....ういあ?


「犬を飼ってるのでそのお世話とか....」

「俺も犬飼ってる!犬種は?」

「シベリアンハスキーです、ダイムって名前で....」


....あ!"指輪"!
私は慌てて両手を背後に回して、後ろ手で指輪を抜き取って包帯を巻いていた時のように右手に付け替えた


「ハスキーか!カッコいいよね!俺はトイプードルなんだけど、」


どうしてもその男性の話に興味が湧かなくて、全く声が頭に入って来ない

むしろ、
これからどうする?
万が一伸兄に"迎えに行く"なんて言われたら?
2次会とかあったら?

そんな心配ばかりをして、相槌すら不自然になる



「じゃあタイプの男性は?」

「えっ...た、タイプの男性....」


私は同僚達に必死にSOSのサインを出した
なのに"頑張れ"とでも言うように、小さなガッツポーズを返されて、無難な回答は何かと全力で思考する


「....優しい人が、好きです....」

「どんな時に優しいなって感じるの?」


そういかにも、"俺当てはまりそう"と言ったような意図を感じ、私は返答に困った

ここに居る誰にも当てはまるわけなど無いのだから

私は緊張を紛らわせるように、右手につけた指輪をクルクルと回して弄った


「....早めに家に帰してくれる時とか、この人優しいなって思います」


実際本当に帰らせて欲しい

そんな私の明らかに場違いな言葉に、同僚は焦ったように、


「じゃあ次私ね!私も厚生省公安局人事課の、」


私の自己紹介を強制終了させた





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