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「....これ15分前って言った?」
「えっと....投稿されたのは18分前だけど、いつ起こった事までかは....」
そう私の質問に答えた同僚はもちろん、私と動画に映った人物との関係性を知っている
それを踏まえた上で"連絡とか来てないの?"と聞き返された
実際確かに来ていなくて、それ程あのヘルメットの事件に忙しいんだろう
「どうする?マジで行ってみる?」
ただ好奇心が詰め込まれたような男性の提案に、同僚が慌てて否定の姿勢に入ってくれた
「それはダメ!刑事課の邪魔になっちゃうかもしれないでしょ。同じ公安局職員としてそれは言語道断だから」
「もう居ないかもしれないのに?」
「それでもわざわざ事件現場なんかに行って危険犯す意味は無いでしょ」
私としてはもちろん邪魔したくない気持ちもあるけど、万が一にも刑事課と鉢合わせるのは避けたかった
既婚者だと知られる可能性もあるし、伸兄に今の状況がバレたらきっと問答無用で怒られる
そうやって動画に映っていた場所に行くか行かないかの議論がされていると、突如響き渡った着信音に全員が自身のデバイスを確認した
「....私だ、ごめん、ちょっと出て来るね」
私は"伸兄"と示された画面を握り締めて、座席から立ち上がり退室した
何の話だろう
もう家に帰ったかどうかの確認?
迎えに行こうかという提案?
....それともさっきの動画の話?
そんな事を考えながら、鳴り続けていた着信を取る
「どうし
『今どこにいる、まだ食事の席か』
「あ、うん、まぁ...」
『ならすぐにタクシーを拾って家に帰れ。絶対に外に出るな』
「え?なんで?ダイムの散歩とかどう
『とにかく今は言う通りにしろ!』
『あ、ギノさんそこ左!』
『対象の現金輸送車まであと700mです!』
やけに切羽詰まったような秀君と六合塚さんの声に、そんなに忙しい時に通話をかけて来ているのかと事の重大さを感じ取る
『この通話を切ったら真っ直ぐに帰宅しろ!無事家に着いたらその旨をメッセージで送れ、不審な物には近付くな!何かあったら俺でも常守でもいい、すぐに言え!』
「....わ、分かった....」
これまでに無い程、強い焦りと危機感が込められたような言葉と声調
ついさっき見た動画の事も相まって、それが私の不安感を煽る
どうして電車じゃなくてタクシーなの?
"無事家に着いたら"って、無事に着かない可能性もあるの?
"不審な物"って?あのヘルメット?
そもそも今日何時に帰って来るの?
聞きたい事はいくらでも出て来るけど、それに答えてくれる余裕は無いのだろうと全てを喉の奥に飲み込んだ
そんな私の様子に気付いたのか
『名前ちゃん、』
そう私の名前を呼んだのは秀君の声
『大丈夫、俺達を信じて!これでも犯罪捜査のプロよ?その代わりバレンタイン期待してっからさ!』
『なっ、縢!勝手な事を言うな!』
『そんくらいいいじゃないっすか!もしかしてギノさん嫉妬?』
『監視官、対象を目視出来ました!』
『名前、心配するな。必ず帰る』
その言葉を最後に切れた通話に、デバイスからは無機質な電子音が耳に届く
私は"もういいよね"と、指輪を左手薬指に付け替えてから個室の扉を開けた
「ど、どうだった?」
通話の相手が誰だったのか察しが付いている同僚達は、そう期待の眼差しを向けた
きっとヘルメットの件について知りたいんだろうけど、残念ながら私も知らない
「ごめん、もう帰らなきゃ」
「え、まさか合コンバレちゃった...?」
「ううん、そうじゃないんだけど」
「"バレちゃった"って何だよ。もしかして名前ちゃん彼氏でもいんの?」
墓穴を掘っちゃったのは私じゃないし既婚者を誘う事を企んだ自己責任だと、同僚達に"もう誤魔化すのは諦めたら?"という意図を含ませて右手でテーブルの上のポテトを一つ取った
「....名前は、人数合わせに私達が無理矢理誘ったの」
「....何だよそれ、俺達騙されてたわけ?」
「本当ごめん...」
そんな会話を横に私はただ黙々と帰る支度をする
忘れ物は無いか確認したり、一度取り出した職員証はちゃんと仕舞ったかとカバンを探ったりしていると、嫌な程感じた視線にふと顔を上げた
その相手は対面に座る男性で、明日映画に行こうと言ってくれていた
それを見て私は申し訳ないどころか、ちゃんと事実を伝えておこうと左手でカバンを肩に掛けて再び立ち上がった
....嫌な女かな私
「今日はありがとうございました。じゃあね、また月曜日オフィスでね」