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タクシーに乗って直ぐ赤信号に捕まり、横を見るとあまりにも目立つコミッサちゃんのバリケード

その向こう側に狡噛さんが居たりするのかなと考えているうちに信号が青に変わって、景色が流れて行く


「お客様もご覧になりましたか?あそこで殺人事件があったらしいんですが、その様子が動画でネットに上がってるんですよ」

「は、はい...見ました」


まだそう経ってないと思うのにこんなに広がってるなんて
インターネットの拡散力はやっぱり絶大だ

でもどうしてあんな事が起こったの?
街頭スキャナーが検知しそうなのに

そう考えていたところで狡噛さんと常守さんの会話を思い出す
確か、"ドミネーターが作動しなかった"とか


「聞いた話によると、誰も通報しなかったそうですよ。まぁ僕でもしなかったでしょうね。目の前で人が殺されるなんて思い付きませんから」

「....私も何かの撮影かと思いました」

「あれを見た後ではもう外なんて出歩けませんね....突然誰かに殴り殺されるかもしれないなんて恐ろし過ぎます」


やっぱり"絶対に外に出るな"ってそういう意味だったのかな
もしかしてシビュラシステムに不具合でも起きてる?
それともあのヘルメットが....


「あ、またニュースですよ!」


その言葉と共に、前方に映し出された画面を見ると全体的に赤い映像


「....これ、あのヘルメットと同じ物ですよね?」


3人のヘルメットを被った人物が燃え盛る炎を後ろに、『俺達を捕まえてみろよ!』等と公安局を挑発するような発言
まさか...放火?


「警察は一体何をしてるんですかね?こんな明らかな犯罪が起きているのに、全然止められてな

「私達市民の安全を守る為に全力で戦っています!...きっと、すぐに解決してくれます。だから....信じましょう」

「....お客様、警察の関係者ですか?」

「あ、いえ、その.....夫が刑事で....」

「そうなんですか!それは頼もしいですね!"頑張って下さい"と是非お伝え下さい」


そんな会話の中、BGMのように流れる音声は、ひたすらにシビュラを罵倒したり、公安局を批判するような内容

一市民としても、
公安局職員としても、
刑事課を知る者としても
とても聞き流せないし、そもそもどうしてこんな事が起きているのか理解出来ない

そう考えれば考える程、恐怖や不安に色相が濁りそうな気がして、私はメンタルケアサプリをカバンから取り出して一粒奥歯で噛み砕いた











特に変わった様子は無かった街中を進んで行き、見慣れた自宅マンション前で景色が止める


「こちらで合ってますか?」

「はい、ありがとうございました」


荷物を持って、自動で開かれた扉から脚を出してアスファルトに靴の底を着ける

そのままエレベーターに乗り込み、自宅階まで昇っている間にデバイスを取り出して"家着いたよ"とメッセージを送信する



「ただいま」


玄関を開けすぐに出迎えてくれたダイムと一緒にリビングに入り、ドッグフードの準備をしてあげた

随分お腹が空いてたのか、かなりの勢いで食べ始めたダイム

私はその頭を何度か撫でてから、寝室でスーツを脱ぎ捨て着替えを持って浴室に向かった



いつも通りにシャワーを終えて、面倒な髪を乾かす作業を後回しにして再びリビングに戻って来ても、まだ伸兄は帰って来てなければ、返信すら無い

....それ程忙しいのかな

そんな私の考えを肯定するように、テレビを付ければヘルメットのニュースで溢れていた

女性が殴り殺された件で、私が見たのとは別の映像がモザイクをかけられて放送されていたり
さっきタクシーで見た放火の映像があったり

全てに共通しているのが、あの謎のヘルメット

アナウンサーが
『尚、現時点で厚生省公安局からは未だ何も発表されていません』
と言うと、どうしても他人事には思えなくなる


....大丈夫
秀君も"信じて"って言ってた

私は自分にそう言い聞かせて付けたばかりのテレビをまた消した


丁度来週は、青柳さんと約束してたバレンタインの材料を買いに行く予定がある
秀君にも期待してるって言われちゃったし、せっかくだから一係男性陣全員に作る?

そう思った瞬間に息が詰まった

....そうだ、狡噛さん....

今じゃ話しかける勇気も無いのに、バレンタインのチョコをあげるなんて
....出来ない

拗れてしまった関係を勝手に思い出し、自ら虚しさに苛まれる

"必ず説得するからもう少し待っていて欲しい"と言った常守さん

別に待たないつもりなんて無かった
もしまた元の狡噛さんに戻ってくれるならもちろん受け入れるし、それまでは私も故意に近付かないようにと思っていた

出来るだけ気にしないように、深く考えないように
辛い記憶を忘れるように





「....一緒に寝る?」


私はすり寄って来たダイムを連れて、まだ仕事をしているであろう人物の寝室に入った

そんなに眠くもないけど、適当にデバイスでもいじってれば眠れるかな

そう普段は別の体温を感じる場所に横たわるフサフサとした毛並みを抱き締めながら、暗闇の中光を放つ画面を見つめる






























ドン

ドンドン


「...ん....?」


いつの間にか眠ってしまっていた意識が、突然聞こえて来た衝撃音のような音と、立ち上がったダイムの動きによって引き戻された





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