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「近くにいる人物のサイコパスをコピーだと?」
薬局の強盗殺人と藤井博子殺害の対象、伊藤純銘を無人倉庫に誘い込み無事に執行を完了
そこで得たヘルメットの仕組みを、戻った先のオフィスでもう一人の監視官に伝える
とっつぁんはエレベーターでそのまま宿舎に帰ったが、俺は資料やタバコを取りに常守について来た
オフィスの中に居たのは後処理に追われているんだろうギノだけで、縢と六合塚はとっつぁん同様に退勤したのかと察した
「あぁ、だからお前や常守が近くにいるとドミネーターが使えない」
「これがそのヘルメットです」
そう常守が伊藤が被っていたヘルメットをデスクの上に置いた
「....有効範囲は」
「さぁな、それは分析してみないと分からない。だがせいぜい30mぐらいだろう」
徐に時間を確認するともう日付を回っている事に気付く
「....ヘルメットを被った市民による犯罪行為が、現在複数件報告されています。しかし全員を隔離するのは不可能です。....どうすれば....」
「局長は、何か言ってないのか?」
「命令が下るまでは待機だそうだ」
それなら俺に出来る事はもう何も無いと、宿舎に戻り今回のヘルメットの事件は何が目的なのか考えようとした
その時だった
デバイスの着信音が響き渡り、誰の物かとそれぞれが探り合っていると
「....また眠れないのか」
そう小さく呟かれたギノの言葉にその通話をかけて来た相手まで勘付く
「少し出て
「大丈夫ですよ、ここで取って頂いても」
立ち去ろうとしたギノを止めた常守の意図はなんとなく分かる
どうせ俺に名前の声を聞かせたかったんだろう
だがそれは逆効果にしかならない
名前はきっと"まだ帰って来ないのか"とギノを心配し求める言葉を紡ぐ
そんなの聞けるわけないだろ
目の前の男が動かないのなら俺が出て行けばいい
「もう少しで帰る、だから
そう未だ受け入れられない夫婦の通話が始まり、俺はオフィスの扉に顔を向けた
が、俺はすぐに全神経をその通話に注ぐ事になった
『っ....た、....助けて...!』
「....名前?」
小刻みに震え小さく絞り出したような声に、振り返るとギノも血相を変えていた
「どうした!何があった!」
『...分かんない....急に"ドン"って音がして....げ、玄関が開いたのが聞こえたの....早く帰って来て...!お願い!』
「分かった、今すぐ行く!」
「待て!」
俺は足早に去ろうとしたギノの腕を掴んだ
「っ、ふざけるな!離せ狡噛!事態は一刻を
「お前の家のホームセクレタリーから通知が来たか?」
「....どう言う意味だ」
「来てないだろ。それならあのヘルメットを被った奴らの可能性が高い。お前が行ったら"反逆行為"のオンパレードだ」
「.....」
「何も単独行動をさせてくれとは言ってない。....俺を連れてけ」
『キャっ!』
「名前!?」
『...なんか今ガラスが割れ、っ!』
『......マジで留守?俺絶対女の声聞こえたんだけど』
....比較的若い男の声
名前はどこかに隠れているのか
『聞き間違いじゃね?俺は犬だと思った』
『どっちでもいいからとりあえず金目の物探せよ』
『えー、どうせならヤりてぇじゃん。せっかくこのヘルメットあるんだぜ』
『ババァだったらどうすんだよ』
『いや、間違いなく若い女の声だった』
その音声にみるみる顔が青ざめて行くギノ
それでも、
「....ドミネーターは持っているな。念の為スタンバトンも携帯しろ」
冷静に判断と命令を下すところを見ると、やはりシビュラが監視官適性を授けただけあると納得する
「わ、私はどうすれば....」
「君は来なくていい。引き続き業務を続けろ、終わったら勝手に退勤して構わない」
「分かりました...」
何も出来ないのが悔しいのか、少し俯く常守の背中を一度叩いてから俺はギノと共にオフィスを後にした
ギノのデバイスから漏れ出すのは名前の苦しそうな呼吸音
...泣き声を抑えているのか
そんな状況下でも通話を続けているのは、指向性音声に切り替えてあるからだろう
つまり俺達から送る音声は名前本人にしか聞こえない
「名前、通話は切らずにメッセージで状況を教えろ」
駐車場に降るエレベーターの中、名前への指示を出すギノの後ろ姿を見つめる
俺はこんな時ですら何か一言かけてやれない
反対に、名前は俺とギノとの会話も聞こえていたはずなのに、俺の事を一切言及しない点を気にしてしまう
....本当は俺なんかに来て欲しくないんじゃないか
実際名前はギノに"助けて"と連絡をした
求められてるのは俺じゃない
ただヘルメットという特殊事情で仕方なく行くだけだ
そう自分に言い聞かせてエレベーターを早足で降りる
....結局あいつを助けに行きたいという、どうしようもない身勝手な自我だ