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押入れの中でダイムを抱えながら息を潜める

吠えたりしてしまわないか気が気じゃないけど、さすがお利口さん
ただ静かにお座りをしている

そんなダイムを私は泣きながら"大丈夫、大丈夫"と心の中で唱えながらさする



聞こえて来た男性達の会話からすると、お隣さんの家にも入ったらしい

時々する荒々しい物音に毎度心臓が潰されそうになる
声を出さないように口元をキツく覆う手の甲に、溢れた涙が伝って行く




『名前、あと1ヶ月でドレスが出来る。スタジオには何を飾りたい』


繋げっぱなしの通話からは、伸兄がずっと今の状況とは関係無い話題を出してる
それによって私も強制的に脳内をその話に切り替えさせられて、恐怖は止まらないものの、まだパニックに陥っていないのはそのお陰だと思う

私は質問に対して"花でいっぱいにしたい"とメッセージを送った



『分かった、明日にでも二人で選ぼう。そこからの手配は俺がする。写真撮影にはダイムも連れ

「ほら!女物の下着!」


そう私の精神に土足で踏み込んだような声が押入れの壁の向こう側から聞こえ、私はとっさにダイムを抱く力を強めた


「うわ、全然色気ねーじゃん」

「...JKだったりして!」

「男物もあるぞ、カップルじゃね?」


今いる寝室の扉が開いた音に、一気に緊張状態に入る


『名前、落ち着け!あと5分で着く!』


「絶対さっきまでここで寝てただろ、布団乱れてるし」

「これ枕濡れてね?」

「リビングでドッグフード発見!ここん家犬飼ってるっぽいよ」

「じゃあその犬もどこだよ」


まさかドッグフードでダイムを釣るつもり....?
まずい....いくら何でもそれは....

何とかしないと見つかる
どうしよう
どうすればいい?

そう思えば思う程手が震えて来て、満足にメッセージも打てない

様子を見てここから出る?
ダイムだっていつ音を立てるか分からない
家の外に出ちゃえば....


『余計な事は考えるな!今居る場所でじっとしていろ!』


そんな完全に思考を読まれたような言葉


「おい、全然高そうな物ねぇじゃねーかよ」

「金庫とかあるんじゃね?」

「あと探してないところは?」

『名前、絶対にそこから動』


....あれ?

不自然に途切れて音声と、明かりが消え暗闇となった視界


....そんな

デバイスの画面を付けようとしても、充電を促すマークが表示されるのみ


まるで命綱となっていた伸兄の声を失い、私は頭が真っ白になった





























ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「クソっ....!」


法定速度ギリギリで車を飛ばすギノの横で、俺はただ黙ってスピーカーにされた通話を聞いていた

名前を落ち着かせる為にギノが話していた内容は、俺には心地の良い物では無かった

二人が幼い時の話や、それこそ"夫婦の話"だったりと、俺には知り得ない上に不可侵の領域


だがそんな状況も一変し、名前との通話が突然途切れた

バッテリー切れか

....もしくは....


そんな最悪の事態が脳裏を過ぎったのはギノも同じだろう
必死の形相でハンドルを捌く隣で、俺も拳を強く握りしめた








数分後、見覚えのある場所で止まった車
....まだ監視官だった頃に時々名前を送っていたのを思い出す
最後に来たのはあいつの従兄弟を執行した時か
....結局引っ越さなかったんだな


ドミネーターとスタンバトンを携帯した事を確認してから、ドアノブに手をかけ外の冷たい空気を車内に流し込んだ


「相手は男4人か」

「....あいつに傷一つ付けさせるな、必ず助けろ」

「当たり前だ、お前はそこで待ってろ」


そう余裕ある態度を取り繕って俺はマンションへと入って行った










表札に"宜野座"と書かれた部屋の前に辿り着くと、用心の欠片も無く大きく開かれた玄関ドア

それを良い事に足を踏み入れると、あの二人らしいシンプルでよく片付いた室内


『うわ!結構可愛い顔してんのに人妻!?いいね唆るよ!』

『やだ、やだやだ!嫌っ!やめて!』

「っ!」


廊下の奥の方から痛い程に響いた悲痛の叫び
想像もしたくない"まさか"という思いに支配されて行く

"携帯型心理診断 鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました
ユーザー認証、狡噛慎也執行官、公安局刑事課所属、使用許諾確認
適性ユーザーです"



『でも旦那さんこんな時間にも帰って来ないなんて、浮気してんじゃね?』

『ワン!ワンワン!』

『くそ、誰かその犬追い出せよ!』


丁度その部屋の前に来たところでそこから出て来たダイムと鉢合わせると、その直後に"バタン"と音を立てて閉まった扉


『動画撮ってやるから、ほらカメラ見ろよ!』

『嫌!やめ、っんん!』

「暴れんなって、早く終わらせた方があんたも

「全員動くな!」


"犯罪係数85、執行対象ではありません。トリガーをロックします"


「....っ」


そうか、名前がこの場にいる限りドミネーターは使えない


「なんでサツが、ゥグッ!」


そんな事にすら気付かなかった自身を罰するように、俺は鉄屑と化した銃を床に捨て、呆気に取られ隙を見せていた名前の上に乗る男に拳をぶつけた

スタンバトンなんかよりこっちの方がよっぽど効率的だと綺麗事を言える精神じゃない
ただ怒りに任せ本能的に手が出ていた

複数人だろうが、戦闘経験も何も無いただの市民相手に負けるはずも無い





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