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「はぁ...はぁ...」


床に倒れる男達からヘルメットを取ると、20代くらいの男の顔

一番最初に殴った男こそ、その名前への行為でヘルメットを外していた故にドミネーターで撃てたはずだが、俺は別の奴に照準を合わせてしまったんだろう

確かにあの時は五感全てで焦っていた

結局そこからは思考を介した理性が介入する事はなかった
ヘルメットをしてようが何だろうが、そんな事はこの際問題じゃなかった

最終的なとどめはシビュラに任せる事にしよう



そして俺に突き刺さるのは涙に濡れた震える視線

ベッドの上に座り込んでいる名前の顔を、俺は持つべきでない感情が引き起こされそうな気がして上手く見れなかった

寝巻き姿である事だけは確認でき、俺は着ていたコートを脱いでその肩にかけた

本当は、いっそこのままこの腕に抱き締めて収めてしまいたい
涙を拭ってやり"もう大丈夫だ"と安心させたい

だが俺にはもうその資格は無い
触れる事すら厭わせる思考が、俺の全ての欲を抑え込んでいく


「....下でギノが待ってる、早く行け」

「....分かりました...助けてくれてありがとうございました」


名前はゆっくりと俺のコートを着込みながら従順に部屋を出て行った






実質一人となった寝室で、床に落としたドミネーターを拾い上げ、少し前まで名前が体重をかけていたベッドに腰掛ける

....多分だがここはギノの部屋だろう
装飾品があいつらしい

....二人はいつもこのベッドで一緒に寝ているのか
今まで何度この部屋で愛が重ねられたのか

....そう考えてしまう俺は、照準を向けた先の男より卑しいかもしれない


"犯罪係数オーバー160、執行対象です。慎重に照準を定め対象を無力化してください"


「....もう充分無力化されてるが」


そんなくだらない事を呟きながら、俺はトリガーを引いた






























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俺は落ち着き無くエレベーターホールに足音を響かせていた


名前は無事なのか
そもそも今何が起きているのか

"気になる"という言葉ではとても言い表せない程の心情に、息が出来ない程だった

だがここでその場に乗り込めば、足手纏いになってしまう事も分かっている
俺はただ狡噛を信じる事に徹していた


....もし本当に襲われていたらどうする
犯罪係数が上昇して基準値を超えてしまっていたら?
そう嫌な想像ばかりをしてしまう

そこで俺は自身の変化を感じ取り、自らの精神状態を確認した
....やっぱりそうか
元より濁りかけていた色相がまた少し悪化している

しかしこれはもはや不可抗力だ
名前が危険に晒されている
その状況下で平常心でいろと言う方が無理がある


そんな時にデバイスに届いた通知を開くと、狡噛によるドミネーター使用記録で、犯罪係数85という数値


....これは名前の数値か?
確かに低くはない数字だが、基準値を超えるくらいならと俺はそれが名前のサイコパスだと切に願っていた












....まだ名前も狡噛も来ない
もうかなり経ったんじゃないかと時間を確認すると、俺の予想を裏切り未だ10分も経過していなかった

着信音のせいで何かあってはいけないと、狡噛に通話をかける事も出来ない俺はそろそろ限界だった

あの一度の使用記録以降通知が来ない事から、結局ドミネーターは使えなかったのではないかと推測し、それなら俺が近くに居ようと結果は変わらないとエレベーターのボタンを押した

これ以上ただ指を咥えて待っている事など出来ない
助けを求めた名前の声が幾度なく脳内で再生される



....名前....無事でいろ
それ以外は何も要らない







開いたエレベーターの扉に急いで乗り込もうと踏み出した体を、逆に押し戻すように飛び掛かった体重を驚きながらも受け止める



鼻をかすめた覚えのあるタバコの匂いに一瞬戸惑ったが、すぐにそれが誰なのか理解し、俺は堰き止めていた感情を放出する様にその体を強く強く抱き締めた


「....怪我は」


そう聞くと俺の胸に擦り付けるように左右に振られた頭


「名前、これからしばらくは公安きょ





グッと襟元を引き寄せられ触れた柔らかさ
涙の塩っぽい味に苦しくなる

その突然の行為の意図に気付くと、俺は自我を抑えられなくなっていた

....触れられたのか

どこのどんな奴かも知らないが、苛立ちと怒気に覆われて行く




「伸兄...ごめん....」


ようやく見れた顔は真っ直ぐに俺を見つめている

また一粒溢れた涙をそっと指で掬う


「....どこまでされた」

「唇、だけ....」

「....後で全て上書きさせろ」





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