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「全員どこにでもいそうな奴だった」

「....一体何が起きている」


頬に当たるコートのファーが擽ったい
パジャマの上に直接羽織った狡噛さんのコートからは、染み付いたようなタバコの匂い

裸足に仕事用のパンプスという奇妙な格好の中、隣には念の為連れて来たダイム



デバイスのバッテリーが切れた後、私は訪れた暗闇と壁の向こう側から聞こえて来る男の人達の声に完全に混乱に陥っていた

何か高価な物をそもそも探していたらしい声は、"あと押し入れだけ探してない"と私にとっては絶体絶命の言葉を放った

それに焦った私は近くにあったハンガーに肩が触れてしまい、ぶつかり合ったハンガーが音を立てた

....その先は....思い出したくも無い




後部座席から眺めるように聞く刑事二人の会話


伸兄からは、とりあえず明日から始まる週末は公安局に居ろと言われた
空室の執行官宿舎を使えるように掛け合うらしい


「槙島の仕業だ、賭けてもいい」

「...根拠はあるのか」

「お前が納得するような根拠は無い」


槙島....
佐々山さんが亡くなって3年
ここ最近急に聞くようになった名前

そんな槙島があのヘルメットに関係してるの?
そもそもあのヘルメットは何?


ドミネーターを使わず武力で場を制した狡噛さん
パニックしかけていた私は、突然の事にただ逃げるようにベッドの端に蹲りその様子を唖然と見ていた

静かになった室内に、横たわる男性を見下ろす狡噛さんの荒い呼吸が響いていた
でも一度もその視線が交わる事は無くて
それはしばらくして、車で公安局に戻る事になってからも同じで、未だ部屋で交わした必要最低限の会話以外は何もしていない

唯一感じるのは受け取ったコートからする体温とタバコの匂い

私も緊張と今までの事の恐怖心から、避けるように伸兄の後ろに隠れてしまっていた

せっかく助けてくれたのに、社交辞令な感謝の言葉しか言えない

むしろ狡噛さんにとって、"これは仕事の一環でしかない"とか、コートを貸してくれている行いも全て他人行儀だと、何か特別な意味があるわけじゃないと自分に言い聞かせた

....変に期待してしまわないように


狡噛さんは私を嫌いだと言った
それは紛れもない事実

きっと襲われていたのが私じゃなくても、全く同じ行動をした
それが刑事としての役目だろうし、そこに私情なんて無い

私は小さく息を吐きながら、その長過ぎる袖を握った




















しばらくして駐車が完了した場所は、よく見慣れた公安局の地下駐車場


「名前、」


そうシートベルトを外して、運転席から私に振り返った伸兄とは裏腹に、何も言わずに車を降りていった狡噛さん

エレベーターに向かいながら懐から何かを取り出した後ろ姿がフロントガラスから見えた
....またタバコかな


「少しここで待っていろ、宿舎の担当者と話をして来る」


私はその言葉に、咄嗟に両手を伸ばして伸兄の腕を掴んだ


「....すぐに戻る」

「やだ、一人にしないで」

「ダイムを置いて行くわけにはいかないだろ」

「通話掛けるとか、何か別の方法無いの?」

「...はぁ....」


深い溜息を吐かれると今度は運転席の扉が開き、まさか本当に行ってしまうのかと思っているとすぐ隣のドアが開けられた

わがままなのは分かってる
でもこうしていつも甘やかされるから、私も毎度その優しさに縋ってしまう

ダイムを少し押して、もう一人座れる分のスペースを空ける


私はすぐにそのスーツの脇の下に腕を通して抱き付いた

大きな安堵を与えてくれる感触や温かさ、匂いに包まれて、ありとあらゆる負の感情が溶けて行く







































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確かに、事件があった直後に名前を一人にするのは、俺も気が進んだわけではなかった

85まで上がってしまった数値も気がかりな上に、案の定名前は俺を引き止めた

後部座席に移り、顔を埋めるようにして来た名前の背中で常守にメッセージを送り連絡を取った

まだオフィスに残っていれば、という考えだったがすぐに返って来た了承の返事

常守が執行官宿舎使用許可と動物の立入許可を得ている間、俺はいつの間にか寝息を立てていた名前を起こさないように、そっとその滑らかな頬を撫でる


物理的なセキュリティーなどほとんど存在しない上に、シビュラシステムに依存したこの社会で、サイマティックスキャンを妨害するヘルメットなど、どう対応したらいい?
あのヘルメットは既にどれくらい流通している?

これから起こり得る更なる混乱の予想と、腕の中の大切な存在




「....愛している」



俺は触れるだけの口付けを落とした





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