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「....ごめん、言い過ぎた」



車窓にもたれ掛かってただ外を見つめる



「何故言わなかった」

「....言えるわけないでしょ、絶対怒るじゃん」

「お前に怒るわけじゃないだろ」

「狡噛さんと揉めないでほしいの」

「はぁ....だからあいつに優し過ぎると言われるんだ」

「.....仕方ないでしょ.....好きなんだから」



沈黙に包まれる車内
隣のその顔を見れない
それでも分かる事や伝わってくる事はある



「.....まだ怒ってる....?」

「当たり前だ、むしろ落ち着ける方法を教えろ」




無理もないのは分かってる
でもどうしようもできない


反対に、さっきあれだけ論争しておいてもう、こうして落ち着いて普通に話せるのが当然と言えばそうだけど、やっぱり凄いなと自分で思う

思えばあの夜が今までで一番大きな喧嘩だったし、家出なんて初めてだった

伸兄の心配性と口煩い性格故、今まで言い争いは数え切れない程して来たのに、まだこうして必要不可欠な存在でいる

.....なんなんだろ




「.....とにかく、もう狡噛さんを責めないで。お願い」

「名前、お前は

「お願い」

「....」



深く溜息をついた伸兄は、変わらず前を向き続ける







「伸兄はさ、もうお母さんの事整理ついたの?」



外の冷気によって曇ったガラスを指でなぞれば現れる線



「俺にとってはもう1ヶ月前の話だ。.....ある程度は受け入れた」

「....お婆ちゃんには会った?」

「あぁ、葬式の後うちに寄って行った。お前にも会いたがっていた」

「....話したの?」

「そんな訳ないだろ。どうしても外せない緊急の仕事があると言っておいたが、俺の権限でどうにか出来なかったのかと迫られた」



“全く、監視官権限は万能じゃないんだぞ”と呆れたように呟く伸兄




「今度休みの日にでも訪ねてやれ」

「え、一緒に来ないの?」

「お前の方が休みが安定しているだろ」

「まぁ....分かった、考えとく。あとさ、今日この後埋め合わせしていい?」

「.....何の埋め合わせだ」

「誕生日だよ、プレゼントが平凡な分外食をしようと思ってたの。それに.....お詫びも兼ねて」


パーティーへ戻ったお詫び
帰らなかったお詫び
言い過ぎたお詫び



「....さすがにお前が払うんだろうな」

「もちろん、そのつもりだったよ」

「どこに行きたい」

「ナビ設定するね」





























































「.....ここは....」

「覚えてる?....うぅ、寒っ」



車を降りると全身に纏わり付く冬の乾いた空気

やって来たのは私が学生時代に憧れていた場所
大人っぽい雰囲気で、いつか行ってみたいと記憶の奥深くに眠らせていた



「....何故お前が行きたい場所なんだ」

「ダメ? “どこに行きたい”って聞いたのはそっちじゃん」

「....普通は相手が喜ぶ場所を考えるんじゃないのか」

「喜ばないの?それに金を持つ者が物を言う、だよ!」



私を見つめる視線にわざとらしく大きく笑って返すと、小さく息を吐いて歩き出した背中に慌てて追いかけた



















「コートお預かりしますね」

「あ、ありがとうございます....」



伸兄は良いとして、女性である私もスーツなのはなんとなく場に合ってない気がした




「お席にご案内します」




店内自体はそんなに大きく無く、ただ上品な空間が広がっていて一気に緊張が増した

私の心意気は学生時代から変わってないらしい



イスを引いてくれるのですら慣れていなくて、せっかく押し込んでくれたのに、自分で心地が良い距離に調節してもいいものなのかと戸惑った


「.....したいようにすれば良い」

「.....バ、バレた....?」

「不慣れなのがあからさまだ」



その言葉に甘えて座り直す




「ごゆっくりどうぞ」




貴重品のようにメニューを開くと、思わず顔が引きつった


「ふ、フレンチのコース....」


フレンチだけでもよく分からないのに、コースだなんて


「....お前は何も知らずに来たのか」

「うっ....言わないで....」




さらに私を困惑させたのが値段だ

....書いてない

どうして?

ページをめくっても、表紙と裏表紙を見てもどこにも値段が無い

私が払うと言った手前、せめて自分は一番安い物を頼もうと思ってたのに
値段も知らずに決めるのは、私にとっては一か八か自殺行為だ

どうしよう....

しかも料理の名前が全く理解出来ない
日本語じゃないと思えるくらい意味が分からない





「お決まりですか?」


えっ

いつの間にスタッフ呼んだの!?まだ決まってないんだけど!

と目で訴えても気にせず注文し出す伸兄にもうパニックだ

どれを選べばいい
そもそもこの一番最初のアミューズって何
スープは分かるけどソルベって?
その前にポ、ポワソン...?

これって料理名なの?
全ページに共通してあるけど....




「メニューをお下げしても宜しいですか?」

「え、あ、まだ....」

「ドリンクメニューならこちらになりますが、既にノンアルコールワインをご注文頂いております」

「いえ、下げていただいて構いません」


わけが分からずそうスタッフにお願いした伸兄を見ると、監視官デバイスを弄り出していた




「......私頼んで無いんだけど、シェアしろって事?」

「馬鹿か、コース料理をシェアするわけないだろ。お前の好みくらい分かる。それに、どうせ何を頼んでらいいのか分からなかったんだろ」


恥ずかし過ぎる
自分で来たいと言っておきながら注文一つ出来ない


「それと、値段なら男側のメニューにしか載っていない」

「.....ん?どう言う事?」

「そういうマナーと敷きたりだ。普通は男性が支払いをするもので、女性側に気を遣わせない為だ」



全然知らなかった
....良かった、学生時代に来なくて




「.....それでワインも頼んでたけど、いくらなの....?」

「.....気にしなくていい」

「え!払ってくれるの!?」

「だからと言って嬉しそうにするな」





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