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「....ん...」


冷たい水飲んじゃったのが悪かったかな
体の重さに布団に潜り込みそのまま

いつ寝てもいいように明かりを消して尚もデバイスを弄っていると、常守さん、狡噛さん、秀君の三人が路上で起こっていた暴動を抑えている動画を見つけた

最初こそ従っていなかった人々も、狡噛さんが投げ込んだ何かの"光"の後落ち着いた


そういえば分析室で見聞きした通話
....ノナタワーが襲撃されてるのかな
もしそうならここ公安局も...安全じゃない

そんな事を思っているせいもあってなかなか寝付けない

時間を確認するともう深夜12時過ぎ




....いつ帰ってくるんだろうなんて思っているとちょうど良く聞こえた扉が開く音
聞き慣れた革靴の足音が真っ直ぐこの寝室に向かってるのを感じて、私は肘をついて上半身を少し起こした


「お帰り」


紺色のレイドジャケットを着たままの姿で私の隣、つまりベッドの縁に腰を下ろした伸兄は後ろ手に缶を差し出した

手を伸ばしてそれを掴んで見ると少し熱くて一度離してしまってから、もう一度受け取った


「....なんで?」

「唐之杜から聞いた」

「...ありがとう」


窓の外から漏れる光を頼りにプルタブを押し開けると漂って来た甘い香り

....相変わらず本当によく私の事を理解してる
その缶を両手で包むように持って、中身のココアをすすった


「....着替えないの?」


背中の公安局刑事課ロゴを見つめる
俯くようにじっと座っている背にそっと触れてみようとしたタイミングで振り向かれ、


「え、わっ!」


急に頭を抱き寄せられた
持っていたココアが溢れてしまったんじゃないかと不安になっても手元を見れない


「....終わった、もう心配いらない」

「な、何が...?」

「槙島を捕らえた」

「っ!本当!?」


その言葉に私は純粋に喜んだ
今まで何度もその"槙島"に刑事課が苦しめられて来たのは、詳しくは無くとも何となく知ってる

それに狡噛さんがずっと追いかけていた人物
これで狡噛さんも長年抱えた心の重荷が消えるかもしれない
もしかしたらまた昔のような日々が....戻ってくるかもしれない

やけに脱力したように私を抱き締める力を不思議に思うも、それだけ伸兄も大仕事を終えた安心からなのかな


「と、とりあえずシャワー浴びて来たら?」

「まだ仕事が残っている、あと5分したらオフィスに戻る」

「え...あ、そうなの....?」


せっかく帰って来たと思ったのにまた一人になるのかと考えると寂しい
でもそれも監視官という過酷だけど名誉ある職の務め、この街の安全を守る盾だと私も誇りを持つべきだ


「名前、」


私の頭を優しく撫でていた手を止めて呼ばれた名前に、私も軽く身構える
何か重要な事を言われるんじゃないかって


「....いや、いい。気にするな」

「....気にするよ!どこか怪我した?」

「違う、....そうじゃない」

「じゃあ何?また常守さんにキツイ事言っちゃった?」

「....縢に、バレンタインの贈り物はするな」

「....え...?」


全く予想してなかった事を言われ、私は手探りでココアの間をベッド脇のテーブルに置いて伸兄の胸を押して身体を離した

月の光に照らされた顔はどこか切ないような、悲しいような
....少なくとも怒ってるわけじゃないみたいだけど


「な、なんで?せっかく"期待してる"って言われたのに」

「.....」

「まさか....嫌なの?秀君に嫉妬してるの?」


伸兄がそこまで嫉妬深い人だとは思わないけど....
そういう節は完全に見知らぬ男性に対してだと思ってた


「....とにかくダメだ。絶対に用意しないと約束しろ」

「そんな!ちゃんと理由を説明し

「そろそろ仕事に戻る。体を冷やさないように気を付けて早く寝ろ、いいな」

「なっ、ちょっと待って!」


そう立ち上がった伸兄の腕を、慌てて布団から出て引き止める
....なんとなく伸兄の様子に嫌な感じがした
何か隠されてるような


「秀君と喧嘩でもしたの?」

「....」




一瞬私から目を逸らした伸兄は、小さく息を吐いて




「...わっ!」



私を押し黙らせるように肩を倒した

背中を包んだマットレスと布団の柔らかさと、私の前髪を上げるように額に触れた手

真っ直ぐ垂直に上から見下ろされる視線にどんな顔をすればいいのか分からない



「....伸兄...?」



そのまま背を曲げて近付けられた表情に思わず目を瞑ると、露わになった額に落とされた口付け



「お前は俺と名字を重ねた、他の誰でもない」



それだけ言って私に布団を掛けると、伸兄は静かに出て行った


....嘘は言ってないと思う
でも何か変だ
20年以上一緒に居て私が気付かないはずがない
そしてそれも伸兄は分かってるはず

その上で言わないのは、きっと理由があるんだと思う

それなら私も無理に掘るのは自分の為にならないと飲み込むしか無かった


....秀君に言っておこうか
"ダメだ"って言われちゃったって





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