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「ふざけるな!」


そう感情を露わにして俺に詰め寄って来た狡噛に、俺も思いを押し込める

縢がノナタワーで連絡が途絶えて以来、まだその姿を見つけていない
ようやく市民の暴動の鎮静に成功したというのに、今度は執行官一人が行方不明

その上先程局長に呼び出され、以前の命令通り槙島を生きたまま捕らえられた事に安心していた俺は、再び圧力にかけられた

槙島に対する公安局の捜査権が剥奪されただけでなく、執行官の逃亡に対する責任問題の危機を突き付けられた


「納得の行く説明をしろ!」

「...執行官が偉そうに何様のつもりだ!」


俺だって同じ事を要求したい
これまでいくつもの槙島が関与したと思われる事件の担当をして来た
それで槙島をこうして逮捕さえした

....それなのに、何故俺達公安局刑事課が槙島の取り調べをする事が出来ない?
確かに局長の言うように未解決の事件は無い
だが、それが公安局の捜査権剥奪の充分な理由にはならない


「そんな立場の話をしている場合か!俺達が逮捕したのに取り調べも許されないなんておかしいだろ!」

「俺が決めた事じゃない、文句があるなら....」

「文句があるなら"局長に直接言え"か?執行官の俺が局長に会えるわけないだろ!実際に乗り込んで行ったら困るのはお前だ、監視官」



俺は強く奥歯を噛み締めた

....なら俺にどうしろと言う
局長に真っ向から歯向かえというのか?

そんな事出来るわけがない


凍り付いたようなオフィスの中央を、狡噛が真っ直ぐに歩みを進め出て行く

俺は監視官だ
どうあっても保たなければならない面目がある



「...どうなるんですか?これ」

「どうにもならないんじゃないかしら」

「とにかく、こっちは縢の捜索に全力を投入する。あいつの行動によっては別の意味で公安局の命取りになりかねない」



....確かに縢は不真面目な奴だった
だが逃亡を図るような男じゃないはずだ

万が一の事を考え名前には極力関わらないように釘を刺したが、俺はそれでも絶対に見つけ出そうとしていた

責任を問われる恐怖からというのも否めないが、単純にあいつが消えた事に納得いかない

つい先日名前にバレンタインを強請ったような奴だぞ
....どこにいる
何があった
どうなってる?



「分かりました。私と狡噛さんで再度ノナタワーの地下層に行って来ます」

「よし、六合塚と征陸は俺と来い。もう一度周辺の街頭スキャナーを探り直す」



































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退勤した私は、スタジオに飾る花を選ぶ為に呼び出されたあの夜を除いて久々に"刑事課フロアに行く"という行動をしていた

青柳さんにも忙しそうじゃなければ聞きたい事があるし


そんな私の思惑を汲んだように、


「っあ!」

「....あら」


開かれたエレベーターの扉の正面に立っていたのはまさしく青柳さんだった


「あの、ちょうど前に約束したバレンタインの材料を買いに行く約束について聞こうと思ってたんですけど、明日どうしますか?」

「....あぁ....そうね....」

「....何か、ありましたか...?」


妙に元気が無い様子の青柳さんは、大きく溜息を吐いて顔を背けた
何となく顔色も少し悪いような....
暴動の件で疲れてるのかな....


「ごめんね、私から誘ったのに申し訳ないんだけどやっぱり忙しくて....手伝えないわ」

「....そ、そうですか....」

「今度何か埋め合わせするから」


そう私と入れ替わりにエレベーターに乗って行った青柳さん
....大丈夫かな
すごく体調悪そうだったけど...


でも私にはどうする事も出来ないし、そのまま一係オフィスへ向かう事にした


....バレンタイン、自分で買いに行く?
それとももう無かった事にする?
そもそも伸兄には何も言ってないし、あげなかったとしても問題は無い

あとは秀君に、期待に応えてあげられない事を伝えなくちゃ




そんな事を考えながら歩みを進めると、辿り着いたのは空の真っ暗な一係オフィス

また事件?
ヘルメット騒動が終わった直後なのに?

ダイムを置いて帰る訳にはいかないし、また宿舎に戻るしかないかな

そう今来た道を再び戻ろうとした時だった



「一体どこへ行ってしまったんでしょうか....」

「絶対に何か裏がある、確かギノは20kmと言ってたな?」

「はい、ノナタワーから約20km離れた場所の路地で、酷く破損したドミネーターが放棄されていたそうです。内蔵GPSも機能して無い程に....」

「たった一晩で20kmも離れた場所にカメラチェックにも引っかからずに辿り着くのは無理だ。少なくとも、追跡を逃れる為にドミネーターを破壊するような真似をあいつはしない」

「....私もそう思います。やっぱり自分の意思ではなく、誘拐や拉致監禁など何か事件に巻き込まれたと考えるべきで、...あ、名前さん」


声が聞こえてから、このままだと絶対に鉢合わせるけど自分から近付いて挨拶をするべきなのか、でも何か重要そうな話をしてるし邪魔になるかなと取るべき行動を迷っていると、結局どこからか戻って来たらしい常守さんと狡噛さんにしっかり見つかった

立ち止まってくれた常守さんとは違って、そのまま私の横を通ってオフィスに入って行った狡噛さんにまた少し勝手に胸が苦しくなる

....あのコートと一緒に置いたコーヒー、ちゃんと受け取ってくれたかな
その日のうちに廊下からは無くなっていたから気付いてはくれたはずだけど....


「だ、大丈夫ですか?怪我されたんですか?」

「あ、いえ、大したことありません」


松葉杖をつく常守さんと、確かこめかみ辺りに絆創膏をしていた狡噛さん

....じゃあ伸兄は?
でもそれならきっと真っ先に教えてくれてるだろうと考え、特に何も言わない常守さんに私は僅かに感じた不安を掻き消した


「名前さん、カウンセラーには行きましたか?金曜の事で犯罪係数が85まで上がったと聞いたんですけど....」

「え、そうなんですか?特に嫌な感覚は...」


実際この週末、私はただのんびりと過ごしていた
確かに自宅で襲われかけた時は、もう絶体絶命だと思っていた程だった
でも色相が濁っているような気はしない


「念のため、今私の監視官デバイスでスキャンしてみてもいいですか?」

「は、はい、どうぞ」


常守さんは本当によく心配してくれる
火傷した時も真っ先に応急処置をしてくれたし、私より7つも下なのにお姉ちゃんみたいだ
着替えの件もちゃんとお礼を言わなきゃ


「....色相パウダーグリーン、犯罪係数34。良かった、安心しました。狡噛さんがずっと気にしてたんですよ」

「え...?」


思わずガラスの向こうの横顔に目を向けるも、"そんなはずは"とすぐ逸らす
声もかけてくれなければ、目も合わないのに

....あくまで助けた一被害者を刑事として気にかけてるだけ
確証が無い限り期待するのは自らを傷付ける事になる


「素直じゃないだけなんです。宜野座さん達ももうすぐ戻って来ますよ」





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