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「あ、雪だ!」


そう隣の助手席で、窓に張り付くように外を眺める名前
後部座席にはそれに釣られたかのように起き上がったダイム

公安局地下駐車場を出てすぐに車を包むように降り注いだ雪は、一瞬でその美しい笑顔を輝かせた


名前は今刑事課で何が起こっているか知らない
東京の街がどれほど損壊したかも見ていない
そんなただ純粋な曇りない存在は、より一層俺の色相や刑事課の状況の濁りを際立たせた

酷く破壊された縢のドミネーターを市民からの通報で発見したが、当の持ち主は未だ見つからない

二係でも行方不明となっていた神月執行官が、復旧したシビュラシステムの下当然のように見つかり、青柳がその手で執行処分した
その知らせを聞いた時は俺も複雑な思いに苛まれた

相手が誰であろうと、シビュラに背くことは出来ない
それが例え愛する者だとしても

まだ青柳とはそれ以降顔を合わせていないが、しっかりと精神を保てている事を願うしかない


反対に何故か縢は見つからない
この街でここまで痕跡を残さずいられる方法は、どこか電波暗室などに止まっているか"消えた"かのどちらかだ

いずれにせよ、逃亡を図っている、若しくは"消えた"のならその結末は死でしかない

....きっと何らかの事件に巻き込まれ身動きを取れなくなっているのだろう
それなら一刻も早く救助しなければ....とは思うものの、現状ノナタワーから20km以上離れた路地でドミネーターが見つかっただけで、それ以外何の手掛かりも無い


「ねぇ外出たい!」

「一度家に帰ってからにしろ。その格好じゃ体に負担になる」


コートやマフラーといった防寒具を身に付けていない名前は、昨日から女性特有の"体調不良"だ
そんな時にスーツのみという薄着で、雪が降る冷気に晒させる訳にはいかない

"心配性なんだから"と嘆いて拗ねるのも昔から変わっていない
それでも以前はもっと盾突いて来たものだ
何が何でも聞かなかったり、その度にくだらない喧嘩をした
俺の思いが強行突破された時は、いつも心臓が吊られているような気分だった

それに比べると今はかなりマシになった
むしろ無理難題な甘えを俺に物理的にも精神的にも強いて来るようになり、別の意味で落ち着かない


交差点で右折すると見えて来たのは、まだ処理されていない破損した車両
道を塞ぐように停まっているその車を避けるようにハンドルを切る


「....狡噛さんと常守さん、怪我してたけど何かあったの?」

「....槙島を逮捕する際に負ったものだ。そう深い傷じゃない」

「その槙島ってさ、結局何だったの....?ドミネーターで捌けないとか。今回も"逮捕"って事は少なくともエリミネーターは作動しなかったんでしょ?私が知ってる事だけでも、とても犯罪係数が300より低い人には思えないんだけど....」


....免罪体質
局長が言っていた
"事実上の現行犯、そしてあらゆる事象の裏付けがあるにも関わらず、ドミネーターが反応せず、犯罪係数は規定値には達しない"

シビュラシステムにおけるイレギュラー
そしてその存在を市民に知られてはいけない
完全無欠のシビュラ神話が崩れれば、厚生省や公安局、シビュラシステムその物への不信と混乱を引き起こしかねない


「....俺達にも分からない。少なくとも奴が再びこの街の安全を脅かす事はない」


藤間幸三郎のように















「あれ?家の中綺麗になってる」


3日ぶりに帰宅した名前の第一声はそれだった
確かに例の強盗達に入られた自宅は、かなり散らかっていた


「そのままにしておくわけがないだろ」

「え、言ってよ!それなら着替えとか上着とか持って来てくれば良かったじゃん!」

「荷物が増えるだけだ、意味が無い」

「....じゃあもしかしてダイムのドッグフードは家から持って来てたの?」

「そういう事だ、早くコートを着て来い」


大人しく部屋に上がって行った後ろ姿に、俺はリビングへ向かいダイムのリードや首輪を手にしてそれを取り付ける

....もはやこっちの方が非日常だ
澄んだダイムの瞳が俺を映す

....縢はどこへ行った
ノナタワーの地下で何があった
最後に確認された場所はただ一面の壁で、その先など存在しない


「行こ!」


そんな張り切った声に立ち上がりダイムのリードを引く


「近くの公園に歩いて行く?」


僅かに開いた首元がどうしても気になり、俺は巻かれたマフラーに手をかけた


「もう....大丈夫だってば」

「万が一があってからでは遅い。苦しむのはお前自身だぞ」


ただ身を任せた様子に、ややきつめに巻き直した





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