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"雪遊び"から帰宅した俺は、急いで風呂で温まって来るようにと名前を浴室に押し込んだ
背の高い街灯が薄く雪の積もった地面と吐く白い息を照らす中、俺ははしゃぐ名前とダイムをベンチから見守っていた
途中から、スーツのスカートから覗く白い脚がどうしても心配になってしまい、何か別の履物に着替えさせるべきだったと後悔した
ダイムを追いかけ回す名前だったり、そんな飼い主に飛びかかるダイムだったり
微笑ましく和む冬の夜の光景
しばらくして、いよいよ寒そうな脚に耐えられなくなり、そろそろ帰る事を提案しようと時間を確認するためにデバイスへ視線を落とした時だった
『っ!』
『あはは!』
突然奪われた視界と、顔面を支配した冷え冷えとした感覚
『せっかくなんだから伸兄も来てよ!』
雪を投げつけられたのだと理解した俺は仕方なく眼鏡を外した
水分がかかった前髪も見事に濡れてしまい、片側を耳に掛けて視界を確保する
そして見えたのは、頭に薄ら雪を募らせ鼻の先を赤くした名前の笑顔だった
『....ダメだ、帰るぞ』
『え、そんな
『眼鏡を汚した代償だ』
そんな理に叶わない理由で無理矢理家に連れ戻した
肩にタオルと部屋着姿で浴室から出て来た名前と入れ替わりで、俺もネクタイのノットに指を差し込みスーツを脱ぎ捨てた
簡単にシャワーを済ますと丁度髪を乾かし終えた名前と共に夕食を取り、リビングで団欒の時間を過ごす
「あ、そうだ!見ようと思ってた映画があるの」
俺に寄りかかるようにしていた身体を起こして、リモコンでテレビを操作し始めた温もりを引き戻すように腰を抱き寄せた
きっと俺も弱っていた
終わりが見えない疲れと、プレッシャーと、心理的負荷と
せめてこの時間だけは、出来るだけそれらを忘れてただ癒たい
....俺には名前しかいない
だがそれはつまり俺を癒す存在であると同時に、俺を壊し得る存在でもあるという事だ
名前の身に何かあればと思うだけで果てまで狂ってしまえる
それでも離すことなど出来ない
「すごい泣けるって話題なんだって」
そう言って映画を再生した名前は、クッションを抱き締めて鑑賞体勢に入った
結局約2時間という時が終わる頃には、鼻をすすりながら涙を流していた名前に俺はティッシュペーパーを渡していた
「....はぁ、泣くな」
映画の内容は、とあるカップルのうち男性の方が難病にかかってしまい医師に宣告された僅かな余命の時間を、二人で様々な"幸せ"に費やすという物だった
最後に男性は亡くなり、一人残された女性は男性の分までしっかり生きて行くと心に決めた
「だって...そんな悲し過ぎるよ」
「そういう物だと分かっていて見たんじゃないのか」
「....そうだけど!....あの女の人は強い人だよね、私には無理かも」
一度涙を拭ってから俺に抱き付いて来た体重を、落ち着かせるように背中をさする
「失うなんて考えられない....絶対に、絶対に一人にしないで」
一人になど出来るはずもない
もし仮にそう要求されてもだ
「離さない、ずっと側に居る。そう約束しただろ」
苦しい程に腕の力を強められれば、余計に愛しさが増して行く
「....心配するな」
「....いつも心配性の伸兄には言われたくないな」
結局俺達は多くの点で似た者同士だ
互いが互いに大きな影響を及ぼしながら生きて来た
結果、その影響が必要不可欠な体になってしまった
そんな依存のような状態を良しとするかは人によると思うが、それが俺と名前だ
「そう言えばね、」
急に身を引き離し俺を見上げた顔は、涙の跡があるのに悲しげではない
それですら何より華美に思える
「同僚の子にね、私はきっと一人暮らし出来ないって言われたの。伸兄に甘やかされ過ぎだって」
「....間違いではないな」
「....だ、だから、これからはもうちょっと自立した方がいいかなって....生活費払うとか、免許取るとか」
確かに大切に思うあまり過保護に育て過ぎたとは反省している
20歳の常守ですら名前よりよっぽど責任感がある
だが俺も名前を甘やかす事が身に染み付いてしまった
古いことわざで"かわいい子には旅をさせよ"とあるが、そんな事俺には出来ない
名前は幼い頃充分以上の苦難を味わった
これ以上苦を与えるのは何であれ誰であれ、俺が許さない
....唯一どうしようも出来ていないのが狡噛だが
「つい今一人にしないと言ったばかりだろ。気にしなくていい」
「でも、
いきなり名前の言葉を遮り場を乱したのは俺のデバイスの着信音
仕方なくソファから降りテーブルに置いていたデバイスを取ると、着信主は"常守朱"だった
縢に関する手掛かりを発見したのか?
「俺だ、どうした」
『ぎ、宜野座さん、大変です!槙島を乗せているはずの輸送機が墜落したとの報告が....』
「...は...?どういう事だ!」
『分かりません、まずは現場に行ってみないと....』
「分かった、すぐにオフィスに向かう!」