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「お疲れ、また明日ね」


退勤時刻を知らせるアナウンスに、一斉に動き始める職員達
それと同様に私もカバンを持って席から立った

あとぴったり1週間で2月14日、バレンタインの日

1ヶ月前の新年会の時に、青柳さんの提案で始まった企画も、結局"忙しくて手伝えない"と言った提案者
多分青柳さんは元々神月さんにあげるつもりだったんだろうけど、良かったのかな....

秀君にもまだ伝えられてない
昨日、常守さんに"宜野座さん達ももうすぐ戻って来ますよ"と言われてから、本当に5分程で刑事課フロアに現れた人物達の内秀君の姿が無かった
もしかして非番だったのかなと思ってその場は流し、処理を終えた伸兄と素直に帰った


それなら今日は居るはず
多忙な刑事課で2日連続非番なんて滅多に無い
そんな事を考えながら、私はエレベーターに乗り込み41Fのボタンを押した


もしがっかりさせちゃったらどうしよう
インターネットに上がってた動画からも分かるように、きっとヘルメット騒動の事件でかなり頑張ってたはず

その見返りが、上司である監視官の不明な思惑によって唯一強請ったバレンタインの贈り物すら貰えないなんて
....やっぱり可哀想な気もする

伸兄はなんで急にダメだって....
確かに私が他の異性とどうこうするのは嬉しい事ではないって分かってる
反対に私がそうであるように

でもいくら毛嫌いする潜在犯でも、秀君は適当な誰かじゃない
真面目に仕事をしないってよく愚痴を吐いてるけど、絶対伸兄は一人の人間としてちゃんと秀君を信頼してるはず

何度も料理を振る舞ってくれたし、相談に乗ってくれた事もあった
最初こそ戸惑ってたみたいだけど、私と伸兄の結婚も一番最初に祝福を形にしようとリードしてくれたのは秀君だった

あの時の通話で"バレンタイン期待してる"って言ったのも、きっとそれだけの意味じゃなくて、不安そうな私を元気付ける為もあったと思う

そんな秀君を、ただ嫉妬というだけで拒否する伸兄じゃない
何か別の大きな意味があるのは、こうして論理的に考えても、あの夜私にダメだと言った時の様子からも明白だった

そして伸兄が言わないという事も、そもそも言えないか、私は知らない方がいいかのどちらかだ

....なんだろう
伸兄の意図に従うのが最善だと分かってるから、無理に聞き出そうとはしないつもりだけど、ただ純粋に気になる
見つからない答えを一人で勝手に思考するのは別にいいかなって


開いたドアから足を踏み出して刑事課フロアに降り立つ

もし"ごめん"という事を伝えて秀君が残念そうなら、何かご飯でも奢ってあげようかな









「お疲れ....様で....す」


そう挨拶したオフィスは見るからに淀んでいた
監視官と執行官がそれぞれ2名ずつ着席している

....狡噛さんと秀君がいない

狡噛さんが居ない事にはもはやどう感じれば良いのかも分からない
緊張や気まずさが無い分ほっとするべきなのか、会えない事自体に悲しさを覚えるべきなのか
整頓がされていないそのデスクを、心の中でため息を吐きながら見ては目を逸らす

一方でゲーム機やフィギュアに溢れた秀君らしいデスクは、昨日の引き続きその主がいない
....もう当直が終わったとか?


そんな私に気付いた伸兄が奥の席から立ち上がって、私を押し出すように廊下に連れ出した


「まだ時間がかかる」

「....秀君は?」


そう聞くと何となく瞳が揺れた気が....


「....今日は非番だ、どうした」

「そ、そうなの....?チョコ渡せない事を言っておかなきゃと思って....」


また非番?
じゃあ昨日が当直後だったの?


「....俺が伝えておくからもうその件に関しては気にするな」

「....分かった」

「っ!待て、やめ


そう後退ろうとした肩に左手を置いて、右手で長身を無理に屈ませるようにネクタイを引いた

せめて"そこ"は避けてあげようと、代わりに頬に触れるだけのキスをする


「常守達が今

「あまり無理しないで」

「.....」

「私には誤魔化せないよ、お昼ちゃんと食べた?」

「....忙しかった」

「私がそれを理由にして食べなかったら怒るくせに。監視官だからいろいろ大変なのは分かるけど、それじゃ色相濁っちゃうよ?根詰めるのも程々にね」
































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エレベーターホールまで送ると、名前は"終わったら連絡してね"と食堂へ向かった


....まずい
あいつに不安な思いをさせるわけには行かない
俺の色相は既にかなり濁っている事を察知されていないのが唯一の救いだ


....どうすればいい
槙島を早急に再度捕らえなければならない
だが対槙島に最も有力な狡噛を捜査に加えられない

縢も見つからない中、槙島再逮捕はその失態をうやむやにするチャンスだと局長に諭され、俺も首を横に振る事など出来なかった

....何か、何か手立ては無いのか?






「名前さんは相変わらずですね」


オフィスに戻り、早速そう常守に先程の行為を指摘されるのみならず、征陸と六合塚の視線をも全身に浴びせられ、


「....槙島の行方に関して分かった事はあるか」


俺は強制的に仕事の空気に戻した





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