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「あら、昨日に引き続き今日も私と一緒にいてくれちゃうの?」

「仕方ないだろ、これが局長命令なんだ」


分析室に立ち昇る二本の煙の中、俺は志恩から一部借りたコンピューターで槙島の捜索に当たっていた

納得行く欠片も無い状況だが、確かにとっつぁんの言う通りギノを問い質してもしょうがない
縢の捜索は二係に移され、今一係は槙島の"身柄の確保"が最優先事項となってる


「私基本いつもここで一人じゃない?慎也君には悪いけど、私は案外嬉しいかも」

「そりゃどうも」

「はぁ....本当にもう戻ってこないのかしら....死んだと思う?」

「....さぁな、その可能性は否めない」


実際、俺ももう縢は見つからないんじゃないかと思ってる
これだけ手掛かりがない代わりに不可解な点が多いと、何者かに"消された"と考えるのが自然だ

....シビュラシステム

完全独立不干渉の、完璧なシステム
現代日本の平和と秩序を維持する為に欠かせない存在となった
それを今まで疑いもせずに、下された判定通りに監視官になりその手と足にもなって来た

それがこの槙島という男によって覆されかけてる
ドミネーターで捌けないどころか、シビュラの正体さえ暴いたと言う
そんな奴を丁重におもてなししている厚生省は、"ドミネーターで捌けない人間"が存在する事自体を隠蔽しようとした

....あの時ギノが浮かない顔をしていたのは、その部分を報告書から消させられた事に疑問を抱いていたのか


「二係の璃彩ちゃんも大丈夫かしらね....自分の手で恋人を殺す事になっちゃうなんて....

「逆に言えば、青柳は引き金を引く事が出来たんだ。それだけ強い精神の持ち主だって事だろ」

「さすが監視官は違うわね....」

「それは俺への嫌味か?」

「部下を殺されて潜在犯になっちゃう方が、人間味と正義感があって素敵だと私は思うわよ」

「褒め言葉だと受け取っておこう」


掴めない程に短くなったタバコを、志恩と共有している灰皿に落とす
そんな直後でも口寂しく感じた俺は、もう一本と再び火をつけた


....常守と、俺はこれからも刑事としている事を約束した

だがこれはもはや刑事と言えるのか
凶悪な犯罪者にドミネーターで捌けないという理由だけで、まともに立ち向かえやしない
おまけに上層部は、それを俺達にさせようとすらしない

誰かを守るのが刑事なはずだ



「槙島ってさ、結局の所何がしたいのよ?例の市民の暴動の中、厚生省ノナタワーを襲撃した目的は何だったの?」

「俺に聞いてどうする」

「あなたが一番あの男をよく分かってるじゃない」

「それが


「狡噛さん!」


そう扉の開閉音と共に響いた女の声に、志恩と共に振り返る


「一緒に来てください!」

「俺は局長命令で捜査を外されただろ」

「宜野座さんが策を思い付いたんです、皆さん待ってますから早く行きましょう!」


"皆さん"って誰だ?
突然の事に俺も頭が追い付かないが、とりあえず指示された通りイスから立ち上がり常守に着いて行った





分析室を出てエレベーターホールに辿り着くと、そこにはギノが一人で俺達を待っていた

まだ他に誰か居るのか?


「策ってなんだ、ギノ」

「まずは地下駐車場に向かう。そこで二係が待っている。話はそれからだ」


二係?
全く状況が飲み込めない俺だが、レイドジャケットを着込んだ一係監視官二人に囲まれて、警護でもされてるかのようにエレベーターで地下に降りて行く





間も無く扉が開くと、俺の目に飛び込んで来たのはつい先程志恩との話題にも上がった青柳が執行官を連れて立っていた


「宜野座君にしては、また随分と思い切った手を考えたわよね」


やはり俺が思った通り、青柳は強い人間だ
2日前に恋人を自ら執行処分した奴とは思えない程凛としている


「申し訳ない。危ない綱渡りなのに、片棒を担がせてしまって」

「良いわよ。そっちの縢君の消え方が胡散臭いってのは私も同意見。それに、槙島聖護を放って置けないって言うのもね」


そんな何も知らない俺にはいまいち良く理解出来ない会話がなされると、発案者であろうギノがようやく俺に向き直った


「現在、刑事課全体で執行官に二人の欠員が出ている。この状況で、お前にラボで油を売らせておく訳にも行かない。そこでだ。二係の青柳監視官と相談し、一時的な執行官の交代に応じて貰った」


....なるほどな
確かにギノにしては大胆な行動に出たな
それ程あいつもこの件に関しては思う所があるんだろう


「狡噛は当面、二係で縢秀星の捜索を手伝え。代わりに我々も二係から人員を一人借り受ける」

「縢君の件、これだけ手掛かりが少ないと操作が迷走するのも仕方ないわ。狡噛君、」


そう数歩俺に歩み寄った青柳に、ギノと三人同期で監視官になったばかりの時を思い出す
....俺達は全員、三者三様に変わったものだ


「くれぐれも余計な真似はしないでね。....私の目に付く範囲では」

「承知してます」



そうして挨拶を終えた俺は、一時的に二係執行官として普段乗っているものと何ら変わらない護送車に乗り込もうとした







その時だった







突然眩しい程のライトと警鐘音に晒され、大量のドローンが俺を囲むように迫る


「コードK32に基く特例事項です。狡噛慎也執行官の身柄を拘束します」





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