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"許してくれとは言わない。
次に会う時は恐らく、あんたは俺を裁く立場にいるだろう。
その時は容赦なく務めを果たせ、信念に背を向けてはならない。
ほんの一時だったがあんたの下で働けて幸いだった。
礼を言う"


そんな手紙と共に執行官デバイスが置かれていたのはデスクの上


....狡噛さんが逃亡した


ずっと刑事でいると、そう約束してくれたのに....


私はやり場の無い感情に埋もれた


自分でサイコパスを計測してみてもクリアカラーで、私はなんて薄情なんだろうと失望する


ベランダで冷たい風に吹かれる中、手には何の飾り気もない便箋と封筒
今時こうした直筆のメッセージは珍しい
だからこそその確かな想いが伝わってくるようで辛かった

縢君が見つかってないのに、今度は狡噛さんまで....
過去の部下だったと言う佐々山執行官や、ゆき
それに多くの犠牲になった被害者と、犯行を可能にさせられた金原や御堂も

槙島は多くを狂わせ、奪い去った

絶対にちゃんとした裁きを与えないといけない
それこそ狡噛さんが殺すと言う、もう一人殺人犯を生むような裁きではなく、法の内側で厳しく正しく


....落ち込んでる場合じゃない


そう手紙を仕舞って、オフィスに戻ろうとした時だった


封筒の中にもう一枚小さな紙が入っている事に気付く





"あいつには、すまなかったと伝えておいてくれ"



ただそれだけ書かれた雑にちぎられた淡いピンクの端切れのような紙は、見覚えがある

確か....そう....

....あの時の


自分の記憶を確かめる為に、私は急いで宿舎フロアへと向かった












「常守朱、監視官権限により狡噛慎也執行官の宿舎の開錠を申請します」

「声紋、並びにIDを認証。開錠します」


開かれた扉から即座に漂ってきたのは、まだここに居るんじゃないかと思わせるようなタバコの匂い
でもそんな期待を裏切るように人の姿は無い

明かりをつけて部屋の中に入っていくと、本や資料、槙島の写真等が大量に押し込められた一室のデスクの上にボールペンが一本転がっている

横のゴミ箱を覗くと、封筒の中に入っていた小さな紙切れと同じ色の包装紙が入っていた


「....やっぱり」


あの時、クリスマスのケーキのお返しとして私が提案した贈り物を包んでいたものだ

ゴミ箱を丸ごと掴み上げてデスクの上に全てばら撒くと、濃紺のリボンが一つと、小さくグシャグシャに丸められたこれまた同じ紙がいくつも転がって出て来た


それを一つ一つ丁寧に広げて行くと、手紙と同じ綺麗な字で


"いつまでも幸せでいろ"

"笑え"

"結婚おめでとう"

"ケーキ美味かった"


などとそれぞれ形も大きさも違う紙に、異なる言葉が書かれていた

その明らかに名前さんに向けられた美しい優しさと愛情に、関係の無い私まで熱い悲しみに涙が溢れた



「....どうして....直接伝えてあげれば良かったのに....」


こんなに沢山書いて、結局選んだのがあの
"あいつには、すまなかったと伝えておいてくれ"
だなんて

そんなところが狡噛さんらしいと言えばそうかもしれないけど、単刀直入に"バカ"だ

私に当てた手紙の方がよっぽど長くて、小綺麗な便箋と封筒まで使って
ちゃんと"常守へ"って宛名まで書いてあって

それに比べたらこれは包装紙を手で小さくちぎって、その上にただメモのように書かれた言葉だけで、側から見たら心も何もこもってない雑な紙切れかもしれない


でもきっと狡噛さんは、私への手紙よりもこの"雑な紙切れ"にずっと長い時間をかけて、悩んで、苦しんでペンを動かした


私はゴミ屑と化していた名前さんへの想いを全て一枚一枚不揃いな形を重ねてポケットにしまった



その手で一度涙を拭ってから、私はリボンと包装紙をゴミ箱に戻して、肝心の中身を探す

掌に乗るような小さな箱だったはず

きっとこのメッセージを書く時に開けて、包装紙は普通にゴミ箱に捨てられている事からどこかにわざわざ隠したか、それ以前に捨てたとは考えにくい


近くの引き出しを全部漁り、本棚までまるで泥棒のように調べた


クローゼットの中もキッチンも、他のゴミ箱も


30分以上かけて徹底的に部屋の中を探したのに、どうしてもその箱を見つけられなかった



....もしかして狡噛さんが持って行った?





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